やはり下垂体腺腫の呼称は廃止されるべきである:WHO内分泌腫瘍第5版(2022)下垂体部腫瘍の概要が明らかに

公開日:

2022年12月30日  

最終更新日:

2023年1月17日

Overview of the 2022 WHO Classification of Pituitary Tumors

Author:

Asa SL  et al.

Affiliation:

Department of Pathology, University Hospitals Cleveland Medical Center, Case Western Reserve University, Cleveland, OH, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:35291028]

ジャーナル名:Endocr Pathol.
発行年月:2022 Mar
巻数:33(1)
開始ページ:6

【背景】

【結論】
全身諸臓器の腫瘍の分類について,次々にWHO第5版が出版される中,内分泌腫瘍についても,第5版が出版予定である.本稿は分担執筆者であるAsa SLらによる第5版の下垂体関連腫瘍の総説である.
重要なポイントだけを抜粋する.1)下垂体前葉から発生する腫瘍は,①下垂体神経内分泌腫瘍すなわちPitNET(第4版までの下垂体腺腫という名称は廃止),②下垂体芽腫,③2種類の頭蓋咽頭腫(BRAF V600E変異型とβ-カテニン変異型)に分類される.2)第4版で提案された下垂体転写因子(PIT1,TPIT,SF1,GATA3,ERα)の発現に基づいたPitNETの分類が今回承認された.
3)下垂体転写因子の発現がないnull cell腫瘍もPitNETに属する.4)PIT1-陽性多ホルモン産生腫瘍(第4版)は未分化型PIT1系統腫瘍と分化型多ホルモン産生PIT1系統腫瘍に分ける.5)従来の下垂体癌の大部分は,NETに属するNEC(神経内分泌癌)とは分子生物学的に異なるので,転移性PitNETと改称する.ただし,極めて稀だが,他臓器でのNECの基準(MIB-1高値,p53変異など)を満たす下垂体部NECは存在する.6)従来の4種類の後葉由来腫瘍の分類には混乱や曖昧さが残っていたが,全て後葉のpituicyte由来のpituicytomaとその亜型であることを明確にする.

【評価】

本稿は,WHO内分泌腫瘍第5版(2022)の中の下垂体部腫瘍の概要を,従来との変更点に重点をおいて,15項目のQ&A方式で,解りやすく解説している.Q1は最もインパクトが大きい「下垂体腺腫から下垂体神経内分泌腫瘍への名称変更の意義は何か?」である.これによれば,下垂体のホルモン産生細胞は神経内分泌細胞であるから,そこから発生する腫瘍は当然神経内分泌腫瘍と名称されるべきであるという.また,腺腫とは腺上皮からなる良性の腫瘍であるという定義なので,高頻度で周囲組織に浸潤し,時にアグレッシブな性質を示す下垂体腺腫はこれに当てはまらないという.明快な論旨である.そもそも,この下垂体腺腫を下垂体神経内分泌腫瘍(PitNET)と呼ぼうという提案は,2016年の第14回国際下垂体病理クラブ(IPPC)(Annecy,France)で賛成多数で承認され,2017年に報告されたものである(文献1).
一方,この改称提案に対する反論も多い.曰く,① “腺腫” という言葉は腫瘍の起源(腺細胞)を明示していたのに,pit-NETの “tumor:腫瘍” では発生起源細胞を明示していない.②下垂体細胞が神経内分泌細胞であるという明確な根拠が示されていない.③下垂体腺腫は剖検例の10%で発見されるが,その99.9%は無症状(indolent)である.④臨床例における下垂体腺腫でもNETに相当するアグレッシブな性質を示す異型性下垂体腺腫は10%に過ぎず,転移を示すものは0.2%と極めてまれである,などである(文献2).その後もPitNET派と下垂体腺腫派の間で熱い議論が行われてきた(文献3,4,5).
しかし,約5年間の議論を経て,この名称変更の問題は,WHOという国際機関の手による分類の中で決着がついた形になったわけである.既に日本間脳下垂体腫瘍学会と日本臨床内分泌病理学会の主要メンバーからなる「WHO組織型分類(第5版)PitNET取扱い委員会」は,「下垂体腺腫adenomaは誤った定義に基づいた名前」であり,科学的に正しい「下垂体神経内分泌腫瘍・下垂体NET」に名称を変更することが妥当であるとしている(文献6).しかし,医学的に妥当であっても,社会的問題に十分配慮した一般名はあっても良いので,同委員会は従来の「下垂体腺腫」の名称は,今後一般名「下垂体前葉腫瘍」,公式名「下垂体神経内分泌腫瘍・下垂体NET(PitNET)」へ変更することを提案している.2022年12月現在,この提案に対するパブリックコメントを求めている段階であるが,やがてこの提案が各学会で正式承認されるものと思われる.
さて,下垂体腺腫の中で最も頻度の高い非機能性下垂体腺腫に関しては,Q9「臨床的非機能性PitNETの分類の意味は?」で,非機能性PitNETは診断名ではなく,臨床的なシナリオの記述であり,その中には多くの腫瘍を含んでいると述べている.すなわち,非機能性PitNETの中で最も多いのは,ゴナドトロフ腫瘍で70–75%を占め,成人ではサイレント・コルチコトロフ腫瘍が,25歳未満ではサイレントPIT1系統腫瘍がこれに続く.一方,形態学的にはPitNETに一致しても,下垂体転写因子の発現が一切認められないnull cell腫瘍もこの「臨床的非機能性PitNET」の中で登場する.
本稿は下垂体部の腫瘍に関する近年の分子生物学的かつ臨床的な研究の急速な発展を反映しつつ,WHO内分泌腫瘍第5版(2022)をわかりやすく解説しており,この領域の担当者には必読の論文と思われる.

<著者コメント>
本稿は「内分泌腫瘍WHO 2022(改定第5版)」の中の下垂体部腫瘍の概要である.今回の分類の趣旨が本改定第5版編集の中心となったAsa SLによって解説されている.興味深いのは,「脳腫瘍WHO 2021(改定第5版)」の下垂体部腫瘍の中で,やはりAsa SLによって既に記載されている内容と若干異なっていることである.本稿ではPitNETへの改名,転写因子(Pit1,TPit,SF-1,GATA3,ERα)による組織分類の確立,臨床型と病理組織型の関係などが分かりやすく記述されている.ただし前回の分類からわずか5年,前回導入された分類の臨床的意義が十分に検証されないままで新たな分類の提案となってしまったこと,きわめて多数の免疫組織化学を要するより煩雑な分類となったこと,“mature” など十分に周知されていない概念が含まれること,一部の組織型は相変わらず電顕用語を用いていること,など問題点も多い.そもそも組織分類は最も重要な臨床情報として臨床に還元するためにあるのであって,臨床的意義のない組織分類は不要である.例えばTSH産生腫瘍は,TSHのみ陽性(Thyrotroph tumor)とGHも陽性(Mature plurihormonal PIT1-lineage tumor)では別の組織型となったが,両者を分ける臨床的意義は現在のところ明らかでない.やや理論先行の組織分類の感が拭えない.今回の分類の臨床的意義を早急に検証する必要がある.(虎の門病院 間脳下垂体外科 西岡宏)

執筆者: 

有田和徳