アグレッシブ下垂体腫瘍と下垂体癌の臨床像:欧州内分泌学会サーベイの171例

公開日:

2023年5月1日  

最終更新日:

2023年5月4日

Aggressive pituitary tumours and carcinomas, characteristics and management of 171 patients

Author:

Burman P  et al.

Affiliation:

Department of Endocrinology, Skåne University Hospital Malmö, University of Lund, Lund, Sweden

⇒ PubMedで読む[PMID:36018781]

ジャーナル名:Eur J Endocrinol.
発行年月:2022 Sep
巻数:187(4)
開始ページ:593

【背景】

アグレッシブ下垂体腫瘍(APT)および下垂体癌(PC)の治療は困難で,有効な治療法は確立されていない.このAPT/PCについて,欧州内分泌学会は2015-2016年にサーベイを行い,欧州を中心に165症例を塊集し2018年に発表している(文献1).今回,2020-2021年に第2回目サーベイを行い,新規登録症例を含めた全171例(APT121例,PC50例)を解析した.初診時,APT/PCの96%は大型腫瘍か巨大腫瘍であったが,6例は微小腫瘍(<10 mm)であった.57%は当初,臨床的に良性と考えられたが,中央値5.5年の経過でアグレッシブな性状を示すようになった.

【結論】

産生ホルモン別ではPRL32%,ACTH30%,非機能性27%であった.PC群の転移は初診後中央値6.3年で明らかになった.初回手術時のKi67は≥3%が80%,≥10%が41%で,その後中央値6年後の再手術時で10%以上の上昇が49例中18例に認められた.最初からアグレッシブな経過を示す腫瘍ではKi67,細胞分裂像,p53陽性率が高かった.テモゾロミド治療は156例で実施され,約10%が完全寛解,30%が部分寛解,28%が安定,32%が進行であった.生存期間中央値はAPTで17.2年,PCで11.3年であった.Ki67 >10%とACTH産生が生命予後不良と相関した.

【評価】

本研究は,これまでで最大の症例数でAPTとPCの病態の解明を試みたものである.この欧州内分泌学会によるAPT/PCのサーベイは2015-2016年に第1回目が実施され,その結果を基にして欧州内分泌学会はAPT/PCに対するガイドラインを2018年に発表し(文献2),通常の手術/放射線治療後の補助療法の第一選択としてテモゾロミドを推奨している.
本稿の第2回目サーベイは,同ガイドライン発表後に初めて実施された追跡研究である.その結果,171例中160例が手術を受けており,手術の回数の中央値は3回で,3回以上の手術を受けたのは86例であった.疫学的には,一般の下垂体腫瘍ではACTH産生腫瘍は5%前後と少なく,女性が多いのに対して,本シリーズのAPT/PCではACTH産生腫瘍は33%を占め,60%が男性であった.また,一般の非機能性下垂体腫瘍ではゴナドトロピン産生腺腫が6-7割を占めるが,本シリーズでは5%(免疫染色で診断確定された陽性率)~31%(免疫染色未施行の症例がすべてゴナドトロピンかSF-1が陽性と仮定した場合の陽性率)と低かった.
放射線治療はAPTの85%,PCの98%で実施されていた.対象の91%(159例)がテモゾロミド治療を受けており,テモゾロミドが放射線照射とならんで補助療法の中心であることが明らかになった.しかし,治療反応性は完全寛解10%に部分寛解30%を併せて40%にとどまった.セカンドラインの薬物治療としてはベバシズマブ,免疫チェックポイント阻害剤,ルテチウム-177標識ソマトスタチンアナログなどのペプチド受容体放射性核種療法(PRRT)が実施されていたが,部分寛解が得られたのは夫々1/10,1/6,3/11に過ぎず,セカンドライン薬物療法の開発は今後の課題である.
注意しなければならないのは,この欧州内分泌学会が解析対象としたアグレッシブ下垂体腫瘍は,“浸潤性の腫瘍で異常に早い成長速度を示し,繰り返しの手術や放射線や薬物療法に抵抗性を示す” という臨床的特徴に基づいて定義されていることである.一方,WHO内分泌腫瘍第4版(2017年)では,アグレッシブな性状を示す可能性がある下垂体腫瘍として①ハイリスク腫瘍(成長が速い,画像上での浸潤,Ki67高値),②Sparsely granulated somatotroph adenoma,③Lactotroph adenoma in men,④Silent corticotroph adenoma,⑤Crooke cell adenoma,⑥Plurihormonal PIT-1 positive adenomaを挙げている(文献3).このほか,過去にアグレッシブ下垂体腫瘍の定義として提案されたのは,WHO内分泌腫瘍第3版(2004年)の異型下垂体腺腫(atypical pituitary adenoma)(文献4),Trouillasら(2013年)のGrade 2b腺腫(文献5),Daiら(2016年)のrefractory adenoma(文献6)などがあり,現在のところ,世界共通の定義はない.このため,下垂体腺腫に占めるアグレッシブ下垂体腺腫の頻度も0.5-18%と報告によるばらつきが大きい(文献7).
いずれにせよ,大部分は良性の下垂体腫瘍の中に,少ないながらアグレッシブな成長を示す腫瘍があることは事実であり,今後は,一定の定義の下で,そのような腫瘍の病態と治療に関して,大規模な前向き登録研究が行われることに期待したい.
なお,WHO内分泌腫瘍第5版(2022年)では,下垂体腺腫の名称は破棄され,下垂体神経内分泌腫瘍(PitNET)と称するべきであるとされている(文献8).従って,アグレッシブ下垂体腫瘍もアグレッシブPitNETと称されるべきであろう.

<コメント>
今回のWHO組織分類(第5版)でpituitary adenomaはpituitary neuroendocrine tumor(PitNET)へ改名されたが,その大きな理由の一つにaggressive pituitary tumor(APT)がある.従来のadenoma=良性とcarcinoma=悪性,の単純区分の中間に位置する浸潤性・高増殖性・治療抵抗性・易再発性などの一部の下垂体腫瘍(APT)は悪性転化(転移)はしていないものの良性とはいえない経過を辿ることは周知の通りである.ただし機能性(例えばクッシング病)と非機能性腫瘍では難治性の定義は異なり,APTの定義も定まっていないためその頻度は報告により様々である.また腫瘍の増殖能のマーカーとしてKi67(MIB-1)の有用性は確立しているが,腫瘍のaggressive化の指標となる単一の組織学的・分子生物学的所見はいまだ報告されていない.このため現時点では,腫瘍の組織型・増殖能(MIB-1)と浸潤性を組み合わせて腫瘍の予後予測(再発・aggressive化)を個別に行う必要がある.
一方,APT・PCの治療に関してはこれまでテモゾロミド(TMZ)の有効性が広く知られており,欧州内分泌学会のガイドラインでも標準的な治療に抵抗性の場合はTMZ単独治療が推奨されている.しかし残念ながら今回の報告も含めて,TMZによるAPT・PCの長期寛解例は半数以下であることが明らかとなっている.またTMZは本邦を含めて海外の大多数の国で保険収載されていない.
APT・PCの診断と治療に関しては学際的なアプローチが今後さらに必要である.(虎の門病院間脳下垂体外科 西岡宏)

執筆者: 

田口慧