公開日:
2023年6月26日Correlation of Pituitary Descent and Diabetes Insipidus After Transsphenoidal Pituitary Macroadenoma Resection
Author:
Ma J et al.Affiliation:
Division of Neurosurgery, Department of Surgery, Vancouver General Hospital, University of British Columbia, Vancouver, British Columbia, Canadaジャーナル名: | Neurosurgery. |
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発行年月: | 2023 Jun |
巻数: | 92(6) |
開始ページ: | 1269 |
【背景】
下垂体腫瘍摘出術後の尿崩症は患者QOLに大きく影響する合併症であり,一過性が20-30%,恒久性が0-5%と報告されている.これまで,術後尿崩症の出現と関連するいくつかの因子が報告されているが,意見の一致をみてはいない.バンクーバー総合病院脳外科は,2010年からの11年間に経鼻内視鏡的摘出術を行った374例の下垂体腫瘍患者のうち,手術後尿崩症を呈した30例(平均腫瘍径2.8 cm)を対象,腫瘍径をマッチさせた非尿崩症の30例をコントロールとして,術後尿崩症の発生と相関する因子を解析した.彼らは特に,手術前と手術後6ヵ月目以降に撮影した造影MRIを比較した時の下垂体中心の移動距離に注目した.
【結論】
尿量が連続2時間以上 >300 mL/hの多尿で,血清Na ≥145 mmol/L,血清浸透圧 ≥300 mOsm/kg,尿比重 ≤1.005となったものを尿崩症と定義した.
尿崩症群では43.3%が入院中にデスモプレッシンを使用し,残りは退院後平均3.1週にデスモプレッシンを要した.
尿崩症群では非尿崩症群に比較して,手術後の下垂体の頭尾方向移動距離は大きく(23.0 vs 16.3 mm,p =.0015),前後方向移動距離は大きく(2.4 vs 1.5 mm,p =.0168),総移動距離も大きかった(23.2 vs 16.6 mm,p =.0017).
【評価】
従来,下垂体腫瘍摘出後の尿崩症の発生と相関する因子としては術中髄液漏,クッシング病,若年者,女性,大きな腫瘍径,逆に小さな腫瘍径,下垂体後葉高信号がトルコ鞍内にあることなど様々な報告がある(文献1,2,3,4).
本稿は,術後に尿崩症を呈した腫瘍30例と,同じくらいの大きさで術後に尿崩症を呈さなかった腫瘍30例を比較した場合,術後に尿崩症を呈した腫瘍では,手術前のMRIと比較した手術後(6ヵ月以上経過)のMRIにおける下垂体中心の総移動距離が大きかったという非常にシンプルな報告である.彼らは,手術後の下垂体の下降距離が大きいと,下垂体茎が強く引っ張られるために尿崩症が起きると推測している(下垂体茎ストレッチ説).逆に,大きな下垂体腫瘍でも下垂体があまり挙上されておらず,そのために手術後の下垂体の総移動距離が小さいものでは,手術後に下垂体茎が引っ張られないため,尿崩症は起こりにくいということになる.
本研究では,下垂体総移動距離がいくらであれば尿崩症が発生するのかという閾値の解析は行われていない.ただし,下垂体腫瘍を全摘後に時間がたてば,下垂体はトルコ鞍底に張り付くように下降するはずであるから,下垂体総移動距離は手術前のMRIで予測出来る.例えば直径25 mmを超えるような大きな腫瘍で,下垂体が後上方に挙上されているものでは,手術後下垂体総移動距離が大きい事,すなわち尿崩症の発生の可能性が高いことを予測して,手術直後のみならず退院後も丁寧なサーベイが必要かも知れない.
著者らは,この下垂体茎の牽引がAVPの輸送のみならず視床下部におけるAVP産生の障害を引き起こす機序も考慮しているようである.一方,下垂体総移動距離の大きさは術後の下垂体前葉機能障害の程度とは相関しなかったという.また,一過性尿崩症群と比較して恒久性尿崩症群では手術後の下垂体の総移動距離は大きかったが,その差は有意ではなかった(21.4 vs 26.6 mm,p =.1786).
本稿の発見が事実であるとすれば,大きな下垂体腫瘍の摘出直後にトルコ鞍内に脂肪組織や人工硬膜素材を挿入することによって,下垂体の急激な移動は防止でき,尿崩症の発生を予防出来るかも知れない.ただし,そのような臨床研究の前に,著者らの今回の発見が他施設の症例で実証される必要性がある.
当然ながら,微小下垂体腫瘍手術後の尿崩症の発生は手術による直接的な後葉損傷がその主要因であり,この下垂体茎ストレッチ説は適用されない.
執筆者:
有田和徳関連文献
- 1) Nemergut EC, et al. Predictors of diabetes insipidus after transsphenoidal surgery: a review of 881 patients. J Neurosurg. 103(3):448-454, 2005
- 2) Faltado AL, et al. Factors associated with postoperative diabetes insipidus after pituitary surgery. Endocrinol Metab (Seoul). 32(4):426-433, 2017
- 3) Oh H, et al. Cephalocaudal tumor diameter is a predictor of diabetes insipidus after endoscopic transsphenoidal surgery for non-functioning pituitary adenoma. Pituitary.24(3):303-311, 2021
- 4) Kinoshita Y, et al. Predictive factors of postoperative diabetes insipidus in 333 patients undergoing transsphenoidal surgery for non-functioning pituitary adenoma. Pituitary. 25(1):100-107, 2022
- 5) Abdelmaksoud A, et al. Degrees of diaphragma sellae descent during transsphenoidal pituitary adenoma resection: predictive factors and effect on outcome. Curr Med Sci. 38(5):888-89, 2018
参考サマリー
- 1) 腫瘍上下径は非機能性下垂体腺腫術後の尿崩症の予測因子である:ソウル大学の168例から
- 2) 非機能性下垂体腺腫の術後尿崩症のリスク因子は若年者と大きな腫瘍径とトルコ鞍内に存在するT1高信号:広島大学連続333例の解析
- 3) 下垂体機能低下症患者や尿崩症患者では血中オキシトシンの濃度が上昇する
- 4) 「Diabetes Insipidus」という病名はやめよう,世界の関連8学会からの提案: AVP-D,AVP-R へ
- 5) 内視鏡時代の巨大下垂体腺腫の治療:USCとウィーン大学の64例
- 6) 非機能性下垂体腺腫に対する経蝶形骨洞手術後の遅発性低Na血症を予測する因子
- 7) 先端巨大症における術後低Na血症は他の下垂体腺腫と異なる
- 8) 中枢性尿崩症の原因診断におけるラブフィリン3A測定の実践的意義:単一施設連続15症例の検討