サイクリン依存性キナーゼ阻害剤(CDKI)によるクッシング病の治療

公開日:

2023年11月7日  

最終更新日:

2023年11月7日

Treatment of Cushing Disease With Pituitary-Targeting Seliciclib

Author:

Liu N  et al.

Affiliation:

Pituitary Center, Department of Medicine, Cedars-Sinai Medical Center, Los Angeles, CA, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:36214832]

ジャーナル名:J Clin Endocrinol Metab.
発行年月:2023 Feb
巻数:108(3)
開始ページ:726

【背景】

E2F1-サイクリンEシグナルの過剰はACTHの前駆物質であるPOMCの転写とACTHの産生を促進する.
前臨床研究では,サイクリン依存性キナーゼE阻害剤であるセリシクリブ(ロスコビチン)がACTH産生腫瘍細胞の増殖とACTHの産生を抑制することが報告されている.本稿はシダーサイナイ医療センター(LA)で実施された新規診断,非寛解,あるいは再発のクッシング病患者を対象とした2相試験の結果である.9例に対して経口セリシクリブ400 mgが朝・夕1錠ずつ週4日間,連続4週間投与された.一次エンドポイントは,投与終了時の24時間尿中フリー・コルチゾル総量(UFC)の正常化(≤50 μg)とした.

【結論】

24時間UFCは治療前の226.4 ± 140.3 μgから治療後131.3 ± 114.3 μgまで低下した.3例ではUFCが50%以上の低下を示したが,一次エンドポイントを達成した症例はなかった.24時間UFCが48%以上低下した症例では,血漿ACTHが平均19%低下した.3例でNCI-CTCグレード2以下の有害事象が認められた.2例で同グレード4の肝臓関連の有害事象が認められたが,休薬によって4週間以内に消失した.
セリシクリブはクッシング病患者のACTH産生細胞をターゲットとして高コルチゾル血症を改善させる可能性が示唆された.今後,最小有効用量について検討が必要である.

【評価】

クッシング病に対する経蝶形骨手術による寛解率は60~90%であるが(文献1,2),非寛解例では合併症の罹患率が高く,生命予後は不良である.このため薬物療法は,術後非寛解例,再発例,手術禁忌例に対して重要な代替治療手段となり得る.クッシング病におけるACTH産生細胞そのものをターゲットとした薬物療法としては,カベルゴリンやパシレオチドが用いられているが,現在,FDAが認可しているのはパシレオチドに限られる.しかし,パシレオチド治療では高率に血糖値が上昇し,時に糖尿病を発生することが知られている(文献3,4).
その他のACTH産生腫瘍細胞をターゲットとした薬物としては,バルプロ酸,シプロヘプタジン,ドキサゾシンなどが試みられてきたが,臨床的有用性は低く,現在ではあまり用いられていない(文献5).これ以外に,アグレッシブなACTH産生腺腫に対しては,テモゾロミドが単独あるいはパシレオチドとの併用で用いられている.USP8遺伝子変異を伴うクッシング病に対するEGFR阻害剤のゲフィチニブの有効性も示唆されている(文献6).ビタミンA誘導体のレチノイン酸は,イヌのクッシング病での効果の報告に続いて,少数例ではあるがヒトでの有効性も報告されている(文献7).いずれにしても,現段階では,薬物療法によるコルチゾルの正常化率は約50-60%にとどまっており,より治療効果の高い新規薬物療法の登場が期待されている.
ACTH産生細胞では,CDK2/サイクリンE複合体がPOMC転写,ACTH産生,細胞増殖を促進することがわかっている(文献8).クッシング病のACTH産生腫瘍細胞ではサイクリンEが過剰発現していることも明らかになっており,CDK2/サイクリンE複合体はクッシング病に対する薬物療法の新たなターゲットとして注目されている(文献8).セリシクリブ(Roscovitine)はCDK2ならびにCDK1,5,7の阻害剤であり,ゼブラフィッシュやマウスモデルでACTH産生を抑制し,セルサイクルを停止させることがわかっている(文献9).
既にセリシクリブは,乳癌,肺癌,鼻咽頭癌,白血病などの悪性腫瘍のみならず,HIV感染症,パーキンソン病,単純ヘルペス感染症,嚢胞性線維症,慢性炎症性疾患においてその臨床的意義が検討されつつある(文献10).
本研究は,クッシング病患者において,セリシクリブが下垂体腫瘍細胞のACTH過剰産生の抑制を介してコルチゾル過剰症を改善することを明らかにしたものである.
本研究におけるセリシクリブ投与量の設定は,先行する鼻咽頭癌に対する第1,2相試験における腫瘍増殖抑制効果と対処可能な有害事象プロフィールに基づいている.今後,本研究結果を基に,至適投与量と投与期間の設定がなされ,3相試験に進むものと思われる.

執筆者: 

有田和徳

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