特定の発生系統を示さない下垂体腫瘍(pituitary tumours without distinct lineage differentiation:WDLD)は幹細胞マーカーSOX2を発現する

公開日:

2024年4月18日  

最終更新日:

2024年4月20日

Pituitary tumours without distinct lineage differentiation express stem cell marker SOX2

Author:

Lenders NF  et al.

Affiliation:

Department of Endocrinology, St Vincent's Hospital, Sydney, NSW, Australia

⇒ PubMedで読む[PMID:38483762]

ジャーナル名:Pituitary.
発行年月:2024 Mar
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

WHO内分泌腫瘍・神経内分泌腫瘍分類第5版(2022)では,従来下垂体腺腫と呼ばれていた腫瘍群を下垂体神経内分泌腫瘍すなわちPitNETと呼ぶことと,PitNETを下垂体転写因子(PIT-1,T-PIT,SF-1)の発現(発生系統)に基づいて分類することが提案されている(文献1).
一方,これらの下垂体転写因子ならびに下垂体前葉ホルモンを全く発現しない腫瘍はNull Cell PitNET(文献1,2),かたや複数の下垂体転写因子を発現し単一の発生系統を示さない下垂体腫瘍は明確な発生系統を示さない(WDLD)多ホルモン産生PitNETと呼ばれる(文献1).

【結論】

本研究では,通常の単一発生系統のPitNETをコントロールとして,WDLDにおける幹細胞マーカー(SOX2,Nestin,CD133)の発現を免疫組織化学とRT-qPCRを用いて検討した.免疫組織化学では単一発生系統のPitNET群42例と比較して,WDLD群10例ではSOX2とCD133の発現率は有意に高かった(7/10 vs 10/42,p =.005と2/10 vs 0/41,p =.003).Nestinの発現率には差はなかった(2/9 vs 18/40,p =.209).RT-qPCRではSOX2のmRNA発現量がWDLD群で高かったが有意差には至らなかった(p =.142).

【評価】

本研究は,下垂体転写因子の発現が複数の発生系統にまたがり,明確な発生系統を示さない(WDLD:without distinct lineage differentiation)多ホルモン産生PitNETの起源について解析したものである.
その結果,免疫組織学的には,WDLD群(その多くはSF-1とPIT-1を共発現)では,単一発生系統のPitNET群と比較して,幹細胞マーカーSOX2の発現が高率であった(70 vs 23.4%,p =.005).一方RT-qPCRでは,有意ではないものの,SOX2のmRNA発現量がWDLD群で高かった.
SOX2は未分化胚性幹細胞の自己複製や多能性の維持に必要不可欠な転写因子であり,下垂体幹細胞においてもその多能性の維持に関わっている(文献3).著者らはこの結果を基に,WDLDの発生には下垂体幹細胞の関与が示唆されると推論している.
本研究では,RT-qPCRではSOX2の発現量には2群間で有意差がなかったが,これに関して著者らは,試料への正常下垂体組織の混入の可能性,mRNAの不安定性の可能性を挙げている(文献4).
臨床の観点からは,このようなSOX2蛋白陽性のWDLDのPitNET,あるいは通常の単一発生系統(例えばPIT-1系列PitNET)でSOX2蛋白陽性の腫瘍がどのような生物学的特性(増殖性,浸潤性,再発性)を示すのかは興味深い.さらにSOX2それ自体あるいは上流や下流のシグナルをターゲットとした分子標的治療の可能性についても期待したい.
しかしながら,先ずはこの「発見」が普遍的な事実であるのかについて,世界のハイボリュームセンターの症例で検証されるべきであろう.

執筆者: 

有田和徳