遷延性意識障害患者でも腐った魚の匂いに反応すれば意識が戻るかも:Nature

公開日:

2020年5月12日  

最終更新日:

2020年5月14日

Olfactory sniffing signals consciousness in unresponsive patients with brain injuries

Author:

Arzi A  et al.

Affiliation:

Department of Psychology, University of Cambridge, Cambridge, UK.

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ジャーナル名:Nature.
発行年月:2020 April
巻数:
開始ページ:

【背景】

遷延性意識障害(植物症)は,現在では無反応覚醒症候群(UWS)と呼ばれるが,これらの患者の中で,認識力が回復していると思われる最低限の証明ができる患者を,最小意識状態(minimally conscious state,MCS)と呼ぶ(文献1).しかし,その判定は極めて困難である.
嗅覚は,人の覚醒系に関わる構造に依存している.ケンブリッジ大学のArziらは,嗅覚反応がMCSを検出できるか検討した.患者は意識障害が認められる55名(UWS24名,MCS31名).患者には,匂いビンの中に入った心地よいシャンプーの香り(快臭),腐った魚の香り(不快臭),無臭をランダムにそれぞれ5秒間嗅がせた.

【結論】

評価の対象は,無臭あるいは匂い刺激後の一回鼻呼吸吸入量の変化.
UWS患者では無臭,快臭,不快臭で一回吸入量が変わらなかったのに対して,MCS患者では無臭時に対して快臭ならびに不快臭で吸入量は有意に減少した.UWSのうちで,吸入量の変化が認められた患者ではその後MCSに移行した(特異度100%).吸入量の変化は,5年間の経過観察期間中の生存と相関した.
快臭に対する不快臭時の吸入量の減少率20%以上を閾値とすれば,この吸入量の変化は64.5%の感度でMCSを診断した(偽陰性35.5%)
本研究結果は,嗅覚反応は意識障害患者における意識(MCS)の信号であり,回復の前兆となることを明確に示した.

【評価】

本研究では,意識状態の評価(UWSあるいはMCSの判定)にはthe Coma Recovery Scale Revised(CRS–R)とComa–Near Coma(CNC)scaleを用いている.当然,匂い試験の評価者は患者がUWSあるいはMCSかを知らない.
研究の結果,MCS患者群では匂い刺激に対して,nasal canulaで測定した一回吸気量の減少が認められた.また,個別の患者では,快臭に対して不快臭での吸入量の減少が大きい患者ではMCSの可能性が高かった.さらにUWS患者24人のうち臭い刺激による吸入量の変化が見られた患者10人では,その後,全員がMCSに移行した.
当然挿管中の患者は対象とはならないが,吸気量の変化だけで,UWSか,将来長期生存や意識回復の可能性があるMCS,あるいはUWSからMCSに移行する患者を鑑別出来るというこの発見の臨床的意義は大きい.これまでも,言語タスクに対するBOLD-fMRIの変化でMCS患者を抽出しようとする試みがあったが(文献2,3),大型機器と大規模な人的資源を必要とするものであった.一方,この研究の嗅覚反応検査はnasal canulaと吸気量メーターだけで簡便にベッドサイドで実施できるので,今後,本検査が普及する可能性が高い.この検査で抽出できたMCS患者を対象に積極的なリハビリによる脳機能の改善を図ることが出来れば,医療資源投資効果の改善が得られる可能性がある.悪臭で吸気量が減るのは,痛み刺激に対する逃避反応と同じくらい生理的な反応であると思われるが,なぜ良好な意識状態(MCS)や意識の改善と関係するかについては,著者らは皮質視床間ネットワークの温存との関連を示唆しているが,具体的なメカニズムについては解説していない.
本研究は,他の多くのNature掲載論文に見られるような膨大な研究費,医療資源,マンパワーを用いた研究ではなく,優れたアイデアさえあれば,どこでも誰でもできるような研究である.このような臨床現場での地道な仕事を取り上げたNature誌に賞賛を送りたい.
いずれにしても,日本でも追試されるべき研究結果であるが,腐った魚がすべての日本人に不快臭であるかどうかは検討の余地はありそうだ.
ちなみに本文中には,人が産まれる時と死ぬときに必ずやるのは吸気であり,匂いがこの吸気に影響を及ぼすのは,生命の最も基本的なプロセスだと書いてあるが,根拠は示されていない.Natureにこんなこと書いてええんかと思わせるような情緒的な一文ではある.

執筆者: 

有田和徳

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