世界脳死プロジェクトチームによる歴史上初の国際的な脳死基準の勧告

公開日:

2020年8月24日  

最終更新日:

2020年8月27日

Determination of Brain Death/Death by Neurologic Criteria: The World Brain Death Project

Author:

Greer DM  et al.

Affiliation:

University of Southern California, Los Angeles, CA, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:32761206]

ジャーナル名:JAMA.
発行年月:2020 Aug
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

脳死の概念は1959年のcoma depassé(超越昏睡)で初めて提起され(文献1),1968年にはハーバード基準が作成された(文献2).以来,世界中で様々な基準が作成され運用されているが,その概念,基準には国家,地域毎に差異がある.このことが,脳死という概念への挑戦を生み出しており,一方で国際的な共同研究の妨げともなっている.本稿は世界集中治療・救急医学連盟,世界神経医学連盟,世界脳神経外科学連盟など5つの世界規模の医学連盟と当該領域の専門家による文献レビューと脳死/神経学的な基準による人の死(BD/DNC)判定のための「最低限の臨床基準」の提案である.

【結論】

全体としては,日本の法的脳死判定基準と大きな違いはないが,深昏睡の定義に痛み刺激だけではなく,侵害的(noxious)な音刺激や視覚刺激に対する反応が見られないことが含まれている.また,断管試験ではPaCO2≧60だけでなくPH7.3という条件で無呼吸の判定を行うべきことが示されている.一方,脳波測定は判定基準には含まれてはおらず,臨床的な脳死判定検査が完遂出来なかった場合に脳血流検査と同様に補助検査として検討されるべきとされている.

【評価】

著者らは,誤解を招きやすいBrain Death脳死という用語に代えてDeath by Neurologic Criteria神経学的な基準による人の死という用語の使用を促している.そして,本稿で示された「最低限の臨床基準」は多くの世界的医学組織によって支持を受けており,今後脳死/神経学的な基準による人の死の判定基準の改定や作成の指針となり,結果として国家間,地域間の基準の整合性の向上につながるであろうと結論している.
なお深昏睡の判定は日本では痛み刺激(眼窩上縁の圧迫)に対する無反応だけであるが,この基準には侵害的(noxious)な音刺激,不快な視覚刺激に対する反応が見られないことも含まれている.侵害的音刺激,侵害的視覚刺激が具体的に何を示すかは明らかにされていない.深昏睡の判定のために感覚反応の喪失を証明しなければならないのであれば,確かに視・聴・嗅・味・触の5感のうち触覚(痛み)刺激に対する無反応だけでは不充分であるのは判るが,遷延性意識障害患者でも保たれている可能性が報告されている嗅覚反応(文献3)はチェックしなくていいんだろうかという疑問は残る.
また本稿では,脳波検査を実施するのであれば,脳幹機能の評価が含まれる体性感覚誘発電位(SEP)や聴性脳幹反応(ABR)と併せて実施すべきであることが示されている.
日本では2011年に成立した脳死臓器移植法を背景にした臓器移植のための脳死判定(法的脳死判定)(文献4)が行われている.この判定基準は1970年代からの長い議論と臨床的な経験に立脚した優れた基準であり,安定して運用され続けている.本稿で示された脳死判定のための「最低限の臨床基準」は,本邦の法的脳死判定とは必ずしも一致はしないが,本文中で示された詳細なレビューと勧告は,今日の国際社会の中での脳死の概念,判定基準や運用,議論の流れを知る上で一級の資料となっている.脳死判定に関わる医療者,行政・法律の専門家が一読すべき論文である.

執筆者: 

有田和徳   

監修者: 

津村龍