顔面けいれんに対する神経減圧手術後3年目の奏功率は94.4%:日本における多施設前向き研究

公開日:

2021年2月3日  

最終更新日:

2021年9月2日

Prospective, Multicenter Clinical Study of Microvascular Decompression for Hemifacial Spasm

Author:

Mizobuchi Y  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Tokushima University Faculty of Medicine, Tokushima, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:33469667]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2021 Jan
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

本論文は日本脳神経減圧術学会が実施した片側顔面けいれんに対する神経減圧手術の長期効果と合併症に関する前向き多施設研究の結果である.対象は2012年4月から2015年3月の間に,本邦の22施設において片側顔面けいれんに対して神経減圧手術が実施された486例(男150例,女336例,平均年齢53.9歳[19-84]).96.3%で神経モニタリング(ABR:92.7%,AMR52.9%)が行われた.

【結論】

手術後7日目では症状完全寛解率70.6%,死亡率0%,合併症率15%(顔面神経不全麻痺7.6%,聴力障害1.9%など)であった.
3年目の追跡が終了した463例(95.3%)では完全寛解率は87.1%で恒久的合併症率は3.0%(顔面神経不全麻痺2例0.4%,聴力障害3例0.6%など)であった.

【評価】

優れた治療成績である.3年目のけいれんの完全消失は87.1%で,術後症状が大幅に改善したが稀に軽いけいれんが残っているものまで入れると手術の効果は94.4%で得られ,恒久的合併症は3.0%にとどまり,死亡は約500例中で0%である.これは,1998年に世界で唯一の脳神経減圧術に特化した学会(最初は研究会)を立ち上げ,病態,治療手技,モニタリング,長期成績等に関する科学的な議論と情報共有の場を提供された先駆者達の努力の結晶である.もちろん,その後に続いた世代が益々手技を錬磨し,切磋琢磨した成果でもある.
著者らはこの結果を受けて,高齢者を含む片側顔面けいれん患者に対するエキスパートによる指導と神経モニタリングの下で行われる神経減圧手術は長期寛解をもたらす一方,合併症は無視出来ない頻度であるが,その多くは一過性にとどまると結論している.
このデータは今後,日本における主要なセンターでの顔面けいれんに対する平均的な手術成績として広く参照・引用されるであろう.
合併症に関しては,手術後7日目では,圧迫に椎骨動脈が関与するものではそうでないものに対して顔面神経不全麻痺の出現が多い事が示されている(14.0 vs. 5.2%).椎骨動脈関与例における顔面神経に対する手術侵襲の大きさを反映しており,注意が必要であるが,最終的には殆どの症例で改善している.
また,過去の報告では,高齢の片側顔面けいれん患者に対する神経減圧手術では合併症率が高いことが報告されているが(文献1),本研究では手術後3年目において観察された合併症は,高齢者(≧60歳)では1.6%で,若年(<40歳)1.6%や中年(40~59歳)4.5%と差はない.著者らは,エキスパートの手による手術と神経モニタリングの多用がこの良好な成績の背景にあると指摘している.
AMR(abnormal muscle response:異常筋電位)は,片側顔面けいれん手術中の電気生理学的なモニタリング方法として次第に普及しつつあるが,本シリーズの約半数を占めるAMR使用群では手術直後の合併症率が有意に低かった.これは,AMRの異常電位は減圧達成後数秒以内に消失するため,それ以降の過剰な操作が控えられるためと思われる.
実際の臨床現場では,術後早期にはけいれんが残った患者がその後次第にその頻度が減少し,やがて消失する(ランニングダウン)例や(文献2,3),逆に手術後はけいれんが消失していたのにその後再発する例を経験する.本研究では3年間という期間では,ランニングダウンは手術直後にけいれんが残った症例の80%で,再発は手術直後にけいれんが消失した症例の4.6%で起こることが示されている.
またランニングダウンを示す症例の85%は1年以内に起こるとも示されており,再手術のタイミングを考える時の有用な情報となっている.
本文中では,全486例について,年齢構成,側方性,圧迫血管,使用した神経モニタリング,使用したプロテーゼ,合併症の種類についても詳細に記載されており,この手術を実際に行なっている者,あるいはこれから開始しようとする者にとって必読のデータベースとなっている.

執筆者: 

有田和徳   

監修者: 

花谷亮典