くも膜下出血を呈した頭蓋頚椎移行部動静脈瘻(CCJ-AVF)に対する治療はいつ行うのが良いのか:日本国内51例の解析

公開日:

2025年6月20日  

最終更新日:

2025年6月24日

Clinical Characteristics and Management Considerations of Craniocervical Junction Arteriovenous Fistulas With Subarachnoid Hemorrhage: A Multicenter Study

Author:

Inoue T  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Saitama Red Cross Hospital, Saitama, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:40227047]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2025 Apr
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

頭蓋頚椎移行部動静脈瘻(CCJ-AVF)はC1やC2レベルの稀な動静脈瘻である(文献1-3).その多くは硬膜動静脈瘻で,椎骨動脈から分枝する神経根髄膜動脈などから流入し,流出静脈は頚髄や脳幹表面を走向する.日本脊髄外科学会はCCJ-AVFに関する全国多施設共同研究を行っている(文献4-5).
対象コホート全体は現在111例であるが,本稿はその中でくも膜下出血を呈した51例(平均年齢67歳,男性36名)の解析である.動静脈瘻の高位はC1レベル72.5%,C2レベル25.5%で,左右差はなかった.動静脈瘻の局在は硬膜43%,硬膜外24%,神経根18%,脊髄周囲5.9%,多発病変9.8%であった.

【結論】

84%はWFNSグレード I-IIの軽症であり,再出血や症候性血管攣縮の発生は各1例(2%)と稀であった.
実施された治療は直達手術(流出静脈遮断術)38例,血管内治療10例,併用療法3例で,手術時期は急性期(発症3日以内)17.6%,亜急性期(4~14日)17.6%,晩期(15日以降)64.7%であった.
急性期に手術を行った患者では脊髄/脳幹梗塞の発生率が有意に高かった(p=.028).
血管内治療例のうち60%で再治療が必要であったが,直接手術例では再治療例はなかった.
単変量解析では急性期手術ならびに血管内治療は脊髄/脳幹梗塞発症リスクと有意に相関した(OR:10,p=0.23とOR:8.4,p =.034).

【評価】

頭蓋頚椎移行部の動静脈瘻(CCJ-AVF)は脊髄や脳幹の動静脈が関与し,上位頚髄や脳幹などの重要構造に隣接しているため,その治療は容易ではない.主要な治療法には直達手術(流出静脈遮断術)と血管内治療がある.日本脊髄外科学会が主催する本コホートの研究グループからは既に,CCJ-AVFでは血管内治療と比して,直達手術が,再治療必要率,虚血性合併症率の観点から,より効果的で安全性が高い治療法であることが報告されている(文献2).
本稿の研究は,くも膜下出血を来したCCJ-AVFを対象に,重症度と,治療方法や手術時期が転帰に与える影響を解析したものである.その結果,くも膜下出血の大部分(84%)はWFNSグレード I-IIであり,死亡はWFNSグレード IVのくも膜下出血を呈した5例のうち2例(全体の4%)のみで,再出血や症候性血管攣縮の発生も極めて稀であった.脳外科医が通常遭遇する動脈瘤の破裂によるくも膜下出血に比べればはるかに軽症であることがわかる.
一方,治療に関しては,手術時期毎の脊髄/脳幹梗塞の頻度は,急性期33.3%,亜急性期0%,晩期6.1%であった.また,血管内治療群では再治療例が60%と高頻度であった.多変量解析では症例数が少ないために有意とはなっていないが,単変量解析では,急性期手術ならびに血管内治療は脊髄/脳幹梗塞のリスクと有意に相関した(p =0.23とp =.034).
すなわち,くも膜下出血発症例でも,CCJ-AVFでは血管内治療と比較して直達手術が安全かつ効果的であること,また治療時期も晩期手術の方が安全であることが明らかになった.
本研究の結果は,今後の前向き試験で検証されなければならないが,少なくとも救急を担当する若い脳外科医にとって,くも膜下出血を来したCCJ-AVFが急性期治療の対象ではないとわかっただけでも朗報と思われる.

<著者コメント>
本研究は,日本脊髄外科学会が主導する多施設共同研究に基づく成果であり,頭蓋頚椎移行部動静脈瘻(CCJ-AVF)の中でも,くも膜下出血を契機に発見された症例に焦点を当てた初の大規模解析である.CCJ-AVFは稀な疾患であり,特に出血を契機とした症例の臨床像や最適な治療戦略については,これまで系統的に検討された報告は極めて限られていた.
本研究では,全国から集積された51例を解析対象とし,重症度,再出血,脳血管攣縮,さらには手術の時期と治療法の選択が予後に与える影響を多角的に検討した.その結果,くも膜下出血を呈したCCJ-AVFの大多数は軽症(WFNS I–II)であり,再出血や攣縮の頻度は極めて低く,脳動脈瘤に伴う通常のくも膜下出血とは異なる自然経過をたどることが示唆された.一方で,急性期手術や血管内治療は脊髄・脳幹梗塞のリスク因子であり,特に急性期の介入は慎重を要することが明らかとなった.
本研究の意義は,CCJ-AVFという解剖学的にも治療的にも困難な病態に対して,全国の専門施設が協力してデータを集積・解析したことにある.多施設共同研究の強みを活かすことで,個々の施設では経験し得ない症例数を確保し,一定の臨床的指針を提示できたことは,今後の診療現場における意思決定に大きく貢献すると考える.
我々脳神経外科医は,CCJ-AVFのくも膜下出血に遭遇した際,慌てて急性期に治療介入を試みるのではなく,病態の本質を理解し,最適な時期に最も安全な治療法を選択することが望まれる.その判断のための一助,そして本疾患に苦しむ患者の予後改善に貢献できるのであれば,本研究の意義は十分に果たされたと感じている.(東北医科薬科大学脳神経外科 遠藤俊毅)

執筆者: 

有田和徳