現代におけるネルソン症候群の実態

公開日:

2020年1月10日  

最終更新日:

2021年1月7日

Outcomes of patients with Nelson's syndrome after primary treatment: a multicenter study from 13 UK Pituitary centers.

Author:

Fountas A  et al.

Affiliation:

Institute of Metabolism and Systems Research, College of Medical and Dental Sciences, University of Birmingham, Birmingham, UK.

⇒ PubMedで読む[PMID:31735971]

ジャーナル名:J Clin Endocrinol Metab.
発行年月:2019 Nov
巻数:[Epub ahead of print]
開始ページ:

【背景】

ACTH産生腺腫は本来短期間に増大することは少ない.しかし,ACTH産生下垂体腺腫に対する種々の治療が奏功しないときに,コルチゾル過剰症の急速是正の目的で,両側副腎を摘出することがある.その結果,コルチゾルのCRH産生に対するフィードバックがなくなるのでACTH産生下垂体腺腫はアグレッシブに増大する.これをNelson症候群(NS)というが,疫学や病態は不明であった.本論文は英国の13の下垂体センターで診断・治療された68名のNSの病態の報告である.NS発生前の治療は下垂体手術+副腎摘出:30例,下垂体手術+放射線照射+副腎摘出:17例,放射線照射+副腎摘出:2例,副腎摘出のみ:19例.

【結論】

NS発生後のACTH産生下垂体腺腫に対する治療としては,手術:10例,手術+放射線照射:18例,放射線照射:22例,経過観察:16例,パシレオチド投与:2例が行われた.画像による追跡期間中央値は13年で,10年PFSは全体で62%であった.NS発生後のACTH産生腺腫の進行(progression)と相関する因子は,NS発生前の治療としての下垂体手術+放射線照射+副腎摘出のみであった(HR 4.6;p=0.006).経過観察中,2例(2.9%)でACTH産生腺腫が悪性転化し,3例(4.4%)はNSのために死亡した.

【評価】

これまでのレビューでは,ネルソン症候群(NS)は,ACTH産生腺腫に対する両側副腎摘出後,61ヵ月の期間(29~294ヵ月)で,21%の頻度で発生する(文献1).しかし報告されている発生頻度の範囲は0~47%と広い.これはNSの診断基準の相違によるものと考えられている.本研究では,両側副腎摘出後の①ACTH産生腺腫の増大,②午前のグルココルチコイド内服後2時間でのACTH高値(≧200 pg/mL),③ACTH値の漸増,④皮膚色素沈着を診断基準としている.
一方従来,NS発症後のACTH産生下垂体腺腫に対する治療の結果についても詳細ではなく,報告されている治療後のACTH産生腺腫の進行(progression)も14.3%から50%と様々であった(文献2,3).過去の報告シリーズが限られた症例数であること,追跡期間が短いことなどが影響している.
本研究では,68例(画像追跡は65例)という多数例を中央値13年(1~45年)という長期にわたって追跡した結果,10年PFSは全体で62%であり,38%では種々の治療介入にもかかわらず進行が認められることを明らかにした.
NS発症後の治療方法の違いによる10年PFSの差は無い(手術80%,放射線照射52%,手術と放射線照射81%,経過観察51%).唯一進行と関係したのはNS発症前治療としての下垂体手術+放射線照射+副腎摘出(17例),すなわちACTH産生下垂体腺腫に手術と放射線照射両方が行われたことであった(p=0.006).このことは,これらの症例ではNS発症前において,既にACTH産生腺腫がアグレッシブであったことを反映しているものと思われる.
NS発生には従来,コルチゾルのCRH産生に対するフィードバックの欠如が重視されてきたが,元々ACTH産生腺腫の中で,一定割合で存在するアグレッシブな腫瘍も含まれているのかもしれない.
一方,ACTH産生腺腫の半数でみられるUSP8の機能獲得型変異それ自身は,NSへのドライビングフォースにはなっていなさそうであるが,元々小型のUSP8変異型ACTH産生腫瘍がNSでも約半数で認められており,副腎摘除によってネガティブフィードバックが切れるとUSP8変異陽性の腫瘍も増大することが推定される(文献4).
日本ではACTH産生下垂体腺腫患者に対して両側副腎摘出まで行う事は極めて稀であるが,英国や欧州では,まだ通常の治療の一環として行われているようであり,興味深い.

執筆者: 

藤尾信吾   

監修者: 

有田和徳