後天性視床下部性肥満に対するセトメラノチドの有効性に関する第3相RCT:TRANSCEND試験

公開日:

2026年8月10日  

Setmelanotide for the Treatment of Acquired Hypothalamic Obesity

Author:

Miller JL  et al.

Affiliation:

Pediatric Endocrinology, Department of Pediatrics, College of Medicine, University of Florida, Gainesville, FL, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:42418774]

ジャーナル名:N Engl J Med.
発行年月:2026 Jul
巻数:395(2)
開始ページ:138

【背景】

視床下部腫瘍患者が術前からあるいは腫瘍摘出後に病的な過食・肥満を呈することは稀ではなく(文献1,2),視床下部におけるα-メラノサイト刺激ホルモン(α-MSH)の産生低下などによる,メラノコルチン4型受容体(MC4R)経路の障害の関与が示唆されている(文献3-5).本研究は後天性視床下部性肥満に対するセトメラノチド(α-MSHの機能的アナログ)皮下注の効果と安全性に関するプラセボ対照二重盲検国際RCTである.
対象は後天性視床下部性肥満患者120例で,原因は脳腫瘍が95%を占め,内訳は頭蓋咽頭腫78%,神経膠腫11%,胚細胞性腫瘍5%,視床下部過誤腫1%であった.非腫瘍性原因は5%であった.

【結論】

患者平均年齢は19.9歳(4-66歳).18歳以上の平均BMIは41.2であった.18歳未満では平均BMI zスコアは3.61であった.対象患者はセトメラノチド群81例,または偽薬群39例に割り付けられた.
主要評価項目である,用量漸増期間終了後52週までのBMIの変化率はセトメラノチド群−16.5%,プラセボ群3.3%であった(p <0.001).1日の最大空腹スコアの週平均値の変化は,セトメラノチド群−2.73,偽薬群−1.45であった(p =0.009).重篤な有害事象はそれぞれ28%および8%に認められた.セトメラノチド群で最も多かった有害事象は,皮膚色素沈着,悪心,嘔吐および頭痛であった.

【評価】

頭蓋咽頭腫などの脳腫瘍が視床下部に浸潤した場合,肥満,睡眠サイクル異常,体温調節異常,渇感異常,下垂体機能障害などの視床下部症状を示すことがあり,これらの症状発現は手術後に顕著になることが多い.特に,頭蓋咽頭腫の術後患者では視床下部性肥満が約50%で認められ(文献6,7),多くはBMI 35以上のsevere obesity(高度肥満)を呈する.脳腫瘍に起因する視床下部性の肥満に対しては,2型糖尿病および肥満症に使用されるGLP-1受容体作動薬などが用いられることがあるが(文献8,9),これらの薬剤は視床下部機能障害を直接標的とするものではない.
セトメラノチドは内因性リガンドであるα-MSHの機能的アナログであり,既にPOMC,LEPR,PCSK1の遺伝子異常による肥満およびBardet-Biedl症候群など,MC4Rシグナル障害に関連する遺伝性疾患の治療薬として米国では承認されている(文献10,11).本TRANSCEND試験は,小児および成人の後天性視床下部性肥満患者を対象として,セトメラノチドの有効性および安全性を評価するために世界29施設で実施されたRCTである.日本からは名古屋市立大学,虎の門病院,長野県立こども病院,千葉大学の4施設が参加している.
その結果,52週時点で,BMIはセトメラノチド群で平均16.5%低下したのに対し,プラセボ群では平均3.3%増加し,群間差は−19.8%であった.参加者申告の空腹感も有意に減少させている.この結果は,先行する2相試験とよく一致していた(文献12).少なくとも現段階では期待できる結果と言えよう.
セトメラノチド群で最も多かった有害事象は,皮膚色素沈着(56%対8%),悪心(51%対31%),嘔吐(40%対18%)および頭痛(38%対31%)であり,その大部分は軽度または中等度であった.
気になるのはセトメラノチド群での色素沈着の頻度の高さであるが,セトメラノチドはMC4Rに高親和性で選択的に作用するが,メラノコルチン1型受容体もわずかながら活性化し得る.その結果,メラニン沈着が増加し,皮膚色素沈着や既存母斑の色調増強を生じる場合がある.本試験ではセトメラノチド群81例のうち2例(2.5%)が皮膚色素沈着のため試験治療を中止した.
本剤の使用にあたっては,皮膚色素沈着のリスクについて十分な説明が必須であるが,もし可能であれば強力な日焼け止めなどの予防策の提示が必要かも知れない.
また,本試験は追跡期間が52週と比較的短く,今後,数年単位での長期追跡が必須である.その結果に期待したい.

<著者コメント>
視床下部はあらゆる生体恒常性の中枢であることから,脳腫瘍そのものや,これに対する外科治療,放射線治療等により視床下部が損傷されると,視床下部性の下垂体機能低下症に加え,過食や体重増加,睡眠障害,体温調節障害,渇感障害,行動障害などの症状が生じることがあります.これらは視床下部症候群と総称されますが,多くの症状が非特異的であることや,これまで診断基準が明確でなかったこと,また何よりも現在に到るまで病因・病態に基づく特異的な治療法がほぼ皆無であったことから,必ずしも的確な診断がなされ治療の対象とされてきたとは言い難いのが現状です.今回の第3相RCT,TRANSCEND試験では,視床下部損傷により障害されたメラノコルチン4型受容体シグナルを,内因性リガンドであるα-MSHのアナログ,セトメラノチドによって刺激することにより,食欲や体重を抑制することが示されました.毎日の皮下注射が必要であること,メラノコルチン1型受容体への交差反応による色素沈着が高頻度でみられることなど,解決すべき課題はまだ多くありますが,視床下部症候群の一角をなす後天性視床下部性肥満の新規治療法への展開が大いに期待されます.本研究の結果に基づき,セトメラノチドは遺伝子異常による肥満に加え,後天性視床下部性肥満に対する治療薬として,2026年春に米国とEUで薬事承認されました.本邦においても,脳腫瘍の発症やその治療の過程で生じる急速な体重増加や,自制心などではいかんともしがたい食欲の亢進などにより,患者さんやご家族を苦しめてきた後天性視床下部性肥満に対する治療薬として実用化されることを大いに期待しています.(名古屋市立大学 内分泌・糖尿病内科 田中 智洋)

執筆者: 

有田和徳

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