80歳以上患者の膠芽腫を摘出する意義があるか

公開日:

2022年3月4日  

最終更新日:

2022年3月5日

Outcome of glioblastoma resection in patients 80 years of age and older

Author:

Niare M  et al.

Affiliation:

Neurochirurgie, Centre Hospitalo-Universitaires de Toulouse, Université de Toulouse, Toulouse, France

⇒ PubMedで読む[PMID:33660052]

ジャーナル名:Acta Neurochir (Wien).
発行年月:2022 Feb
巻数:164(2)
開始ページ:373

【背景】

80歳以上の患者の膠芽腫を摘出する意義があるのか?仏国トゥールーズ大学のチームは過去12年間に手術を行った80歳以上(平均82歳)の117例を解析してこの問いに答えた.57例が摘出手術を受け,60例が生検手術を受けた.補助療法の頻度は摘出群と生検群それぞれで,Stuppプロトコール(56%,23%),放射線単独(5%,7%),テモゾロミド単独(18%,37%),緩和のみ(26%,32%)であった.摘出群は,生検群に比較して,WHO日常生活動作スケールとASAクラスが良かったが,それでもASAクラス3は56%と高かった.摘出群は右側病変がやや多く,基底核病変や両側性病変はなかった.

【結論】

摘出群における摘出率は肉眼的全摘46%,亜全摘54%であった.生存期間中央値は摘出群9.5ヵ月(CI:8~17ヵ月),生検群4ヵ月(CI:3.5~6ヵ月),摘出群でStuppプロトコールが実施された患者群では17.5ヵ月(CI:12~24ヵ月)であった.手術部位合併症は摘出群で多かったが(12 vs 5%),手術後の神経学的あるいは内科的な合併症は2群間で差は無かった.2群とも手術前後でKPSに差はなかった.

【評価】

元来,膠芽腫は高齢者に多い腫瘍で,患者の過半は65歳以上であるが(文献1),人口の高齢化と共に80歳以上の割合も増加している.本稿は,人口約400万人の背景人口を擁する仏国オクシタニー地域圏における脳腫瘍の約8割を扱っているトゥールーズ大学からの,80歳以上の膠芽腫患者117例という過去最大のコホートを対象にした後ろ向き研究である.
膠芽腫患者の予後に最も強く相関するのは摘出率であるが,高齢者でも摘出率が生命予後に与える影響は大きい事が知られている(文献2).ただし,実際は高齢者では生検術が採用されることが多く,摘出率も低い(文献2).本シリーズでは約半数で摘出術が採用され,肉眼的全摘は全症例の22.2%で達成されている.一方,高齢者でも摘出手術後にテモゾロミド+放射線の標準治療(Stuppプロトコール)が実施された症例では生命予後が長いことが報告されている(文献3).本シリーズでも摘出手術後にStuppプロトコールが実施された32例(全体の27%)のOS中央値は17.5ヵ月に達しており,全年齢層を対象とした全摘出+Stuppプロトコール実施症例群の18.8ヵ月に匹敵している(文献4).また,本シリーズではMGMTプロモーター・メチル化の検索は4割しか行っていないが,腫瘍摘出群では,MGMTプロモーター・メチル化症例の方が非メチル化症例よりOSが長い傾向であった(27 vs 17ヵ月,p=.05).
当然,高齢者では併存症も多く,虚弱性も高いので,摘出手術や補助療法による有害事象の発生には注意が払われるべきであるが,本シリーズでは手術後の新たな神経学的脱落症状の出現は摘出術群と生検術群の間で差はなかった(14 vs 13%).
この結果を受けて著者らは,80歳以上の膠芽腫患者でも,全身状態(WHOスケール,ASAクラス)が良好で,安全な摘出が可能な腫瘍局在であれば,積極的な摘出手術が選択されて良いと述べている.また,Stuppプロトコールは,80歳以上でも実施可能ならば提案されるべきであり,MGMTプロモーター・メチル化はその際の意思決定要素になり得ると言う.
本研究は1施設における後方視的解析であるので,手術方法の選択,術後補助療法の選択にバイアスがかかっているのは当然である.また,同時期に,80歳以上で膠芽腫と思われる画像所見で受診した21例が,生検術を拒否されたなどの理由で除外されている.本研究結果はこれらのバイアスを考慮しながら慎重に解釈する必要がある.
しかしながら,日本の僻地医療で出会う80歳代の患者の約半数は田んぼや畑を耕し,漁に出ているという状況を考慮すれば,80歳以上の膠芽腫患者を “無いもの” として扱うよりは,本研究のようにきちんとした臨床研究の対象として取り上げた方が良いということを,本稿を読みながらつくづく思う.

執筆者: 

有田和徳