日常生活に障害を引き起こしたり,トゥマーキン発作を伴うメニエール病に対する前庭神経切断術の長期効果:74例,10年以上の経過観察から

公開日:

2022年2月16日  

最終更新日:

2022年2月17日

Long-term efficacy of vestibular neurotomy in disabling Ménière's disease and Tumarkin drop attacks

Author:

Véleine Y  et al.

Affiliation:

Department of Otorhinolaryngology, Head and Neck Division, Robert Debré Hospital, Reims University Hospital, Reims, France

⇒ PubMedで読む[PMID:34996039]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2022 
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

メニエール病の一部は非常に強いめまい発作を伴い,時にトゥマーキン発作と呼ばれる意識障害のない突然の転倒発作(ドロップアタック)を引き起こすことがある(文献1,2,3).フランスのランス大学耳鼻咽喉科チームは,過去18年間に生活障害の強いめまいあるいはトゥマーキン発作を伴うメニエール病に対して後S状静脈洞アプローチにて前庭神経切断術を実施し,術後10年以上観察を行った74例(平均52歳,男性51%)を解析し,同手術の効果とリスクを解析した.術前,全例が薬物療法を含む複数の治療を受けており,生活障害重症度はAAO-HNSグレード4以上であった.患側術前聴力は平均52 dBであり,トゥマーキン発作は24%に認められた.

【結論】

平均12.4年間の追跡期間で,91%は手術後に回転性めまい発作の再発はなく,全例でトゥマーキン発作は消失した.手術前後の聴力差は平均2.2 dBと有意な変化はなく,84%の症例の聴力は不変か改善であった.手術合併症としての死亡や永続的顔面神経麻痺はなく,術後皮膚瘢痕10%,一過性複視10%,髄液漏関係7%であった.髄液瘻を生じた5例中2例では再手術を要した.
この結果から,保存的治療にもかかわらず強い日常生活障害あるいはトゥマーキン発作を伴うメニエール病に対しては,ゲンタマイシン鼓室内注入療法よりも前庭神経切断術が優先されるべきであると著者は述べている.

【評価】

ドロップアタック(転倒発作)は下肢筋肉の突然の脱力あるいは緊張で生じる転倒で,原因としては脳血管性,てんかん性,心原性,前庭神経性,心因性の他,原因不明のものがある.前庭性のものはドロップアタック全体の約3%を占める.前庭性のドロップアタックはメニエール病の経過中に3-10%の頻度で生じ,一般に意識消失は伴わない.この前庭性ドロップアタックは最初の報告者の名前をとってトゥマーキン(Tumarkin)発作ともよばれる(文献1,2,3).膜迷路の破裂による内外リンパのイオン組成と圧平衡の変化が球形嚢・卵形嚢を刺激し前庭脊髄反射による姿勢反射の消失を引き起こすことが原因と言われている.
今回検討の対象となったのは,薬物治療,鼓膜換気チューブ(Grommet),内リンパ嚢開放術,ゲンタマイシン鼓室内注入療法を行っても,このトゥマーキン発作を含めた日常生活への大きな障害を及ぼすメニエール病に対する後S状静脈洞アプローチによる前庭神経切断術の74例である.前庭神経切断術による重篤な障害はなく,10年以上の経過観察でも約9割でめまい発作は消失して,トゥマーキン発作の再発もなかった.術後の神経耳科的な検査によれば,2例で前庭神経切断が不充分であったが,この2例ではめまい発作が手術後3年後に出現した.この2例を除く72例(97%)では患者満足度は高かった.また,5例(6.8%)で後に両側メニエール病の症状(前庭神経切断を行った側と反対側のメニエール症状が出現)が生じた.
メニエール病に対する前庭神経切断術には,本シリーズで採用された後S状静脈洞アプローチ(外側後頭下開頭)以外に経中頭蓋窩法,後迷路法があるが(文献4),術後聴力低下や顔面神経麻痺といった合併症の少なさから著者らは後S状静脈洞アプローチを推奨している.また,薬物治療でコントロールが困難なメニエール病に対してはゲンタマイシン鼓室内注入療法が最も一般的な治療法であるが,その効果は70~80%と前庭神経切断術に比較して低く(文献5,6),両者の比較試験でも前庭神経切断術の方が効果が高い(文献7).また,治療後の聴力低下も前庭神経切断術の方が少ない(58.3 vs 25%,文献8).
本シリーズで示された前庭神経切断の有効性と安全性を受けて,著者らは薬物治療などでコントロールが困難,かつ,めまいによる日常生活障害を生じるメニエール病に対しては,ゲンタマイシン鼓室内注入療法よりも前庭神経切断術の方を勧めている.
後S状静脈洞アプローチによる内耳道方向へのアプローチは経験を積んだ脳外科医にとっては通い慣れた経路であり,また前庭神経を間違えることもないように思う.こういう繊細な手術は日本の脳外科医の得意とするところであり,今後本邦でも,神経血管減圧手術や聴神経腫瘍を数多く手がけている脳外科医達によってこの治療が普及するのかも知れない.ただし,安全性の徹底的な担保は前提である.
また本シリーズでは,54%の患者において,術後にめまいではないが夜間や疲れた時に不快感のない不安定性が残存したという.一側前庭神経の切断による影響であろうか.そうした軽微な症状が残るかも知れないという情報は患者・家族と共有しておいた方が良い.

<コメント>
メニエール病はめまい疾患の中では決して多くない.10分から数時間程度のめまい発作が,難聴・耳鳴・耳閉感などを伴い,誘因なく反復して生じる.他の神経症状を伴わず,発作消失に伴い聴力も回復するが,長期経過により感音難聴が進行する例も多い.さらに造影MRI検査上,有症状時に患側の内リンパ水腫を認めた場合は確定診断となる.メニエール病・遅発性内リンパ水腫診療ガイドライン(2020年版)により,国内では生活指導,薬物治療などがまず行われる.効果不十分な例には,外科的治療の前に中耳加圧治療が考慮される.難治例に対する外科的治療としては,まず内リンパ嚢開放術,無効例には選択的前庭機能破壊術を検討する.選択的前庭機能破壊術には,ゲンタマイシン鼓室内注入療法と前庭神経切断術の2つがあり,推奨度はそれぞれBおよびC1である.また,前庭神経切断術は両側メニエール病に対しては禁忌である.本論文は前庭神経切断術の長期成績を示した価値ある論文であり,このように多数例を扱う施設では合併症も少なく,難聴増悪の可能性もゲンタマイシン鼓室内注入療法よりも低くなる見込みがある.(鹿児島大学大学院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野 山下 勝)

執筆者: 

有田和徳