側頭葉てんかんに対する機能的前部側頭葉切除でもエンゲル・クラス1は73.5%と高い:中国西安交通大学の49例

公開日:

2025年5月16日  

最終更新日:

2025年5月16日

Functional anterior temporal lobectomy for temporal lobe epilepsy: from anatomical resection to functional disconnection

Author:

Liu Y  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery and Clinical Research Center for Refractory Epilepsy of Shaanxi Province, Xi'an Jiaotong University, Shaanxi, China

⇒ PubMedで読む[PMID:40117667]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2025 Mar
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

前部側頭葉切除(ATL)は難治性の側頭葉てんかんに対する標準的な治療法であるが,侵襲性の問題がある.このため,レーザーアブレーションや選択的な海馬扁桃体切除などの低侵襲手術が提案されているが,治療効果は充分ではない.
西安交通大学脳外科は,左側頭部の縦6 cmの皮膚切開,径2.5 cmのキーホールから行う機能的前部側頭葉切除(FATL)の成績を報告している.対象は2020年10月から2022年4月までにFATLが施行された難治性側頭葉てんかん患者の連続49例(平均年齢29.8歳,男性31人).てんかん病悩期間は平均10.3年,術後の平均追跡期間は31.9ヵ月(範囲:24-42ヵ月)であった.

【結論】

手術後のdisabling seizureからの解放(EngelクラスI)は36人(73.5%)で,EngelクラスI-IIは44人(89.8%)に達した.すべての発作からの完全な解放(EngelクラスIa)は,手術後1年で77.6%,2年で69.4%であった.FATL後の死亡例や恒久的な後遺症は生じておらず,手術合併症は2%(水頭症を来した1例)のみであった.
解剖学的切除という考え方から機能的離断へのパラダイムシフトを採り入れたこのFATLは,従来のATL術後に認められる手術側の前頭葉の沈下などの脳のシフトや硬膜下液貯留はなく,また審美性に優れた手術方法でありながら,ATLと同様の高い発作抑制効果を示した.

【評価】

難治性の側頭葉てんかんに対する標準的な治療法である前部側頭葉切除(ATL)に代わる,より低侵襲の手術がいくつか提案されている.レーザーアブレーション,選択的海馬扁桃体切除,ガンマナイフ(SRS),定位的熱凝固などが含まれるが,長期的に見たときの治療効果はATLと比べて劣っている(文献1-4).
本稿の機能的前部側頭葉切除(FATL)は,具体的には,①頬骨弓から始まるわずかに前方に湾曲した長さ約6 cmの皮膚切開後,直径2.5 cmのキーホール開頭を行い,②骨窓から,シルビウス裂,上側頭回,上側頭溝,中側頭回を確認し,③中側頭回-上側頭回の皮質を切開して深部に向かい島皮質へ到達,④上側頭回は長軸に沿って(前後に)切断しながら深部に向かい,鈎(uncus)を露出し扁桃体を含めて切除,⑤側脳室下角を開放して海馬を切除,⑥この段階で側頭葉が十分沈下するので,最後に硬膜下の広い空間を利用しながら側頭葉外側面と下面の離断を行う,というものである.
このFATLは術後の審美性に優れ,ATLで認められるような術後の脳シフトはなく,かつ追跡期間2年でEngelクラスIaが約70%という良好な結果を得ている.著者らはこれらに加えて,FATLの利点として,手術時間が短いこと,術中出血が少ないことも挙げている.
最初は,狭い術野で解剖学的なオリエンテーションを得るのに手こずりそうだが,ナビゲーションも利用しながら実施し,かつ経験を積めば,この方法でも安全に海馬・扁桃体の切除と前部側頭葉の離断が達成できそうである.他施設での検証に期待したい.

<コメント>
十分なATLの経験を積み解剖学的なオリエンテーションを得ていることが,この術式を遂行するための条件となる.側頭葉の沈下が得られたとしても,狭い術野からの手技であること,ATLで行うようなシルビウス裂に沿った斜め上からの深部へのアプローチではなくほぼ真横からとなるため,側頭葉内側,特に海馬に流入する血管群の処理などは注意を要すると思われる.一方,半球離断や後方離断に慣れている術者にとっては,本術式は比較的容易に思いつくものでもある.審美性にすぐれ,術後転帰もATLと変わらないとすれば今後広まることが期待できるが,著者が指摘しているメリット,“脳シフトがない”,ということのインパクトがどれくらいかについては,今後の検討課題である.もし機能的離断を追究するのであれば,扁桃体とuncus部分で前方の離断を完了させ,さらに下角を解放しつつ,後方は海馬(体)尾部でfornixともども離断してしまえば,海馬自体の切除も省略しうる.さらに短時間での操作が可能になると思う.ただし,離断術後にいつも思うのは,残存組織からの術後の残存棘波をどう考えるかということである.論文でも指摘があるように薬剤減量を検討する場合,脳波所見は重要であり,もし棘波が残存していた場合,離断に含まれない構造物からの残存波なのか,離断組織からの棘波なのかの鑑別が困難となる.そのためにできれば残存組織はない方が良いと考える術者も相当数いるのではなかろうか.(広島大学病院てんかんセンター 飯田幸治)

執筆者: 

有田和徳