指導医がやるより研修医がやったほうが脳動脈瘤クリッピングの手術成績は良い:オーストラリア・クイーンズランド州での集計

公開日:

2025年6月20日  

Clipping of Intracranial Aneurysms by Neurosurgical Trainees Is Safe and Effective: A Statewide Retrospective Cohort of 614 Consecutive Cases in Queensland, Australia

Author:

Stuart MJ  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Queensland Children's Hospital, South Brisbane, Queensland, Australia

⇒ PubMedで読む[PMID:40298369]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2025 Apr
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

脳動脈瘤クリッピングは,脳外科において最も難易度の高い手術の一つであるが,脳外科研修医もいつかは自立してクリッピングを行う必要性がある.しかし,2000年前後から普及した血管内手術導入以降,研修医によるクリッピングの機会は急速に減少している.
本稿は,クイーンズランド州の公立病院において2018年以降の6年間に顕微鏡下クリッピング術が行われた506例中,研修医が主執刀医として手術の全過程を実行した112例(22%)の解析である.このうち106例ではレジデント,6例では脳外科フェローが主執刀医であった.主執刀医の医学部卒後年数は中央値8年.112例のうち63例(56%)は未破裂動脈瘤であった.

【結論】

112例の66%は中大脳動脈瘤,20.5%は前交通動脈瘤であった.
研修医が主執刀した症例で,術後6ヵ月目のmRSが術前よりも1ポイント以上悪化したのは,未破裂動脈瘤で7例(11.1%),破裂動脈瘤で22例(44.9%)であった.術後の血管撮影において,106例(95%)で完全なクリッピングが確認された.
同じ病院で上級脳神経外科医が執刀した300例と比較すると,研修医が主執刀した112例では手術時間が短く(平均252 vs 299分,p <.001),破裂動脈瘤が少なく(44 vs 58%,p =.02),術後6ヵ月目のmRS ≤2の転帰良好例が多かった(87 vs 76%,p =.02).

【評価】

脳動脈瘤に対する治療では血管内治療の割合が増加しつつあるが,動脈瘤の部位や形状によっては未だに開頭クリッピングの方が有利な症例も多く,開頭クリッピングができる若い脳外科医を育てることは,脳外科指導医の責務と思われる.しかしながら,血管内治療の進歩と共に,研修医が動脈瘤の開頭クリッピング手術を経験する機会が減ると同時に,開頭クリッピング手術の適応となる動脈瘤がより複雑になってきているのは事実である(文献1,2).本稿はそのような時代背景の中で,オーストラリアの研修医が行った開頭クリッピング術の質を後ろ向きに評価した研究である.現在,人口560万人のクイーンズランド州でも脳動脈瘤の約75%が血管内治療によって管理されているが(文献3),過去6年間に506例では開頭クリッピング手術が行われていた.この506例中の22%では研修医が主執刀医となっていたが,動脈瘤に対する血管内治療が一般化する前の1990年代では,研修医によるクリッピング症例の割合は91%と報告されているので(文献4),研修医がクリッピングを行う機会が急速に減少している実態が窺える.
本研究で主要アウトカムとして設定された術後6ヵ月目のmRSの1ポイント以上の低下率は,研修医による未破裂動脈瘤クリッピング症例で約11%であった.これは過去の大規模研究の結果と概ね類似していた(文献5,6,7).研修医が主執刀した症例と上級医が主執刀した症例では,患者年齢,動脈瘤の部位,WFNSグレードに有意差はなかったが,研修医が執刀した症例では,手術時間が短く(p <.001),破裂動脈瘤の割合が低く(p =.02),術後6ヵ月のmRS >2の割合も低かった(p =.02).このことは,当然ながら比較的安全な症例を研修医に担当させていることを反映している.
さらに,上級医と研修医の症例を統合したコホートの単変量解析において,術後6ヵ月目のmRSスコアの低下を予測する因子としては,非MCA部位,破裂動脈瘤,一時的クリップの使用,WFNSグレード,Fisherグレードが挙がった.逆に研修医主執刀はmRSスコアの低下の防御因子となり(26 vs 47%,p <.001),この関係は多変量解析(OR 0.37,p =.003)でも,破裂症例のみの解析(OR 0.32,p =.01)においても維持されていた.
動脈瘤のクリッピングは上級医がやるよりも研修医がやった方が予後良好という予想外の結果であるが,この研究には大きなバイアスが含まれている可能性を考慮しなければならない.
統計には表れていないが,手術中に破裂した例,危険な手技でのドクターストップ,途中で担当研修医が「お手上げ」になった症例は,その後上級医が代わったために,研修医主執刀症例には含まれない可能性が高い.
今後は,「クリッピングを研修医にやらせようと思った」症例全体での安全性,確実性,治療転帰の解析(Intention-to-treat analysis)が必要と思われる.また,破裂の有無,サイズ,部位,形状などの難易度をマッチさせた集団での比較も待たれる.
しかしながら,難易度の高い症例でも,途中で上級医が代わるという判断が適切に行われれば問題はないのであって,「適切な症例選択と十分な監督のもとであれば,研修医による未破裂および破裂動脈瘤のクリッピング手術は安全に遂行可能である」との著者らの結論は了解可能である.

執筆者: 

有田和徳