経錐体骨アプローチによる小脳橋角部腫瘍摘出手術後には約半数でS状静脈洞血栓症/重度狭窄が生じる

公開日:

2025年11月13日  

Complications of Cerebral Venous Thrombosis After Cerebellopontine Angle Tumor Resection: A STROBE Retrospective Observational Cohort Study

Author:

Lozouet M  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Rouen University Hospital, Rouen, France

⇒ PubMedで読む[PMID:41055358]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2025 Oct
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

頭蓋底手術後に発生する静脈洞血栓症は,その発生頻度,臨床経過,術後合併症との関連,ならびに術後抗凝固療法の必要性等,不明な点が多い.フランスRouen大学病院脳外科は,2010年以降の約14年間に行った小脳橋角部腫瘍に対する摘出手術を後方視的に解析して,この問題を検討した.対象は158例(平均52.5歳)で,内訳は前庭神経鞘腫75%,髄膜腫21%等であった.転移性腫瘍の120例は除外された.手術ルートは経錐体骨(経迷路/後迷路)アプローチ84.8%,後S状静脈洞アプローチ13.9%,側頭下アプローチ2.5%であった.静脈洞血栓症の診断は,術後最初の造影CTまたは造影MRIに基づいて行った.

【結論】

手術後の静脈洞血栓症は73例(46.2%)で認められ,血栓発生部位は大部分(94.4%)がS状静脈洞であった.このうち33例は強い狭窄(術中使用材料による静脈洞の圧迫)で,40例は真性血栓症であった.静脈洞血栓症の大半(80.8%)は術後造影MRIにより初めて確認され,診断までの期間中央値は2ヵ月であった.静脈洞血栓症は,術中静脈洞損傷(p <.0001),経錐体骨アプローチ(p =.0009),長い手術時間(p =.008),経錐体骨アプローチにおける静脈洞優位側の手術(p =.039),および術中の静脈圧迫(p =.005)と相関していた.多変量解析では,術後合併症(手術関連死,髄液漏,頭蓋内出血)と静脈洞血栓症の存在との間に相関は認められなかった.

【評価】

外側後頭下開頭術後の静脈洞血栓症の頻度は5-17%とされているが(文献1-3),術後画像を後方視的に詳細に再評価した場合,発生率は34.9%に達する(文献4).術後の静脈洞血栓症の発症機序としては,術中のS状静脈洞への直接損傷と,硬膜牽引や圧迫による血行動態変化に伴う静脈洞の血流停滞による二次性血栓形成のいずれかが想定されており,危険因子としては術中の静脈洞損傷,経錐体アプローチ,大型腫瘍,長い手術時間などが挙げられている(文献4-6).
本研究は,フランスの単一施設で最近14年間に小脳橋角部腫瘍に対して摘出術を行った158例の解析結果であるが,46.2%でS状静脈洞の強い狭窄か真性血栓症が生じていることを示している.従来の報告よりその頻度は高いが,その8割は術後造影MRIにより初めて明らかになったものである.またその45%は真性血栓症ではなく,静脈洞の高度狭窄であった.さらに,脳静脈の血栓症を伴ったものはなかったという.それでも,約半数の症例でS状静脈洞の強い狭窄か真性血栓症(閉塞)が認められたことは注目に値する.
本研究シリーズでは,S状静脈洞血栓症の有意のリスク因子は術中静脈洞損傷,経錐体骨アプローチ,長い手術時間,経錐体骨アプローチにおける静脈洞優位側の手術,および術中の静脈圧迫であった.これらのなかには腫瘍の部位や大きさ等からやむを得ないものもあるが,気になるのは本シリーズにおける経錐体骨(経迷路/後迷路)アプローチの多さである.対象の小脳橋角部腫瘍158例のうち実に84.8%が経錐体骨アプローチでの摘出が実施されている.アプローチによるリスク差は明白で,後S状静脈洞アプローチ22例では静脈洞血栓症が認められたのは3例(13.6%)のみであったのに対して,経錐体骨アプローチが行われた134例では70例(52.2%)と約半数で静脈洞血栓症が発生している(Fisher's p <.01).
本研究シリーズでは,術後合併症(手術関連死,髄液漏,頭蓋内出血)の発生率は静脈洞血栓症群で15.1%,血栓無し群では4.7%で,単変量解析では,真性の静脈洞血栓症を有する患者は,血栓症を有さない患者と比較して有意に高い術後合併症発生率を示した(p =.037).手術時間と静脈洞損傷で調整した多変量解析では,静脈洞血栓症は合併症の発生と有意な相関を示さなかったというが(p =.123),症例数が増えれば今後,術後合併症のリスク因子として登場する可能性は否定できない.
また本研究対象では,術後新たに抗凝固剤が投与された症例はなかったが,真性血栓症症例のうち5例(15.6%)は,術後平均33.4ヵ月で再開通を示した.従来から,術後の静脈洞血栓症では抗凝固療法を行わなくても重篤な転帰をとることは稀であることが報告されてきたが(文献4,7,8),本研究でもそれが支持されたかたちになっている.
著者らはこの結果を受けて,小脳橋角部腫瘍手術後の静脈洞血栓症は,稀ではないが,血栓症の存在が主要な術後合併症と有意に相関するとは言えず,またルーチンでの抗凝固療法の使用を支持する根拠も得られなかったと結論している.しかし上述のように,この結論は早計に過ぎるような気もする.今後,多施設共同研究で症例数を増やして再度検討されなければならない.また,術後静脈洞血栓症のリスクが極めて高い経錐体アプローチが本当に必要な症例を厳選する努力は必要だと思われる.

執筆者: 

有田和徳

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