無重力(microgravity)で人の脳は膨らみ,下垂体は縮む:宇宙ステーションに滞在した11人のMRI

公開日:

2020年7月3日  

最終更新日:

2020年7月6日

Intracranial Effects of Microgravity: A Prospective Longitudinal MRI Study

Author:

Kramer LA   et al.

Affiliation:

Department of Diagnostic and Interventional Imaging, University of Texas Health Science Center at Houston, Texas, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:32286194]

ジャーナル名:Radiology.
発行年月:2020 Jun
巻数:295(3)
開始ページ:640

【背景】

微小重力環境(microgravity)は頭蓋内構造にどのような影響をあたえるのか.この研究は国際宇宙ステーションから帰還した宇宙飛行士に出発前,着陸後1,30,90,180,360日目で頭部MRI検査を行ったものである.対象は11名(女性1名)で,年齢は45 ± 5(SD)歳.宇宙(微小重力環境)滞在期間は平均171±71日.

【結論】

出発前に比較して,着陸後1日目では,脳容積(増加量28 mL),白質容積(増加量26 mL),側脳室体積(増加量2.2 mL),脳+髄液容積(増加量33 mL)は増加していた(いずれもp<0.001).この変化には中脳水道1回通過髄液容積(増加量14.6 µL,p=0.045),頂点間髄液速度(増加量2.2 cm/sec,p=0.01)の増大が伴った.脳+髄液容積は着陸後360日でも増加したままであった(増加量28 mL,p<0.001).全11症例では下垂体上下径は5.9から5.3 mmと短縮した.11名中6名で下垂体上面のくぼみは強くなった.

【評価】

地球帰還後の宇宙飛行士の60%が視力変化を訴え,その症状は数年間続くことがあるという(文献1).その背景にうっ血乳頭,網膜神経細胞層の肥厚,網膜出血,眼球後部平坦化などがあり,NASAによって宇宙飛行関連神経眼症候群と称されている.これらの変化は特発性頭蓋内圧亢進の眼所見に類似しており,宇宙飛行中の頭蓋内亢進と関係していると推測されている(文献2).
飛行機の放物落下中(微小重力環境下)のボランティア(脳室内Ommayaリザーバーが装着されている癌サバイバー)のICP(脳室圧)は約13 mmHgで上がってはいないが,地上における臥位(15 mmHg)と坐位(4 mmHg)の間で留まっていることが報告されている(文献3).このことから,宇宙飛行士は坐位/立位によるICPの低下がないので,脳は,地上生活時に比べて平均頭蓋内圧が少し高い環境(1G環境下での臥位と立位の間)に持続的にさらされていると考えて良い.
慢性頭蓋内圧亢進は,鞍隔膜裂孔を通じてトルコ鞍内くも膜下腔(diverticulum)の拡大をもたらし,下垂体への慢性的圧迫を引き起こす.この結果,下垂体上面の形状は凹になり,下垂体の高さは低くなる(文献4).地球帰還後の宇宙飛行士の下垂体にも,持続性の軽度頭蓋内圧亢進の影響が現れているというのが著者等の推察である.
一方,特発性頭蓋内圧亢進で認められるその他のMRI所見(視神経周囲クモ膜下腔の拡大,眼球後部平坦化)はどうなのか示されていない.
また,地球帰還後の宇宙飛行士で見られた側脳室拡大と中脳水道1回通過髄液容積の増加は正常圧水頭症に類似しているという.さらに,著者らは正常圧水頭症ではグリンパティック経路に異常が起こることが推測されており,宇宙飛行士の白質容積増大は,これに関係している可能性があると推測している.宇宙飛行士に起こっている正常圧水頭症様の状態が何に起因しているかも興味深い.
一方で,宇宙飛行中の長期間の正常圧水頭症様の状態が実際の認知機能に与える影響も気になるところである.
今後,このような微小重力環境下における脳,下垂体,眼窩内構造の形態変化のさらなる解析を通して,逆に1G重力環境下(地上)での脳の解剖・生理に新たな知見が加わる可能性がある.

スタンリー・キューブリック監督の“2001年宇宙の旅”に出てくるスペースステーションV(月と地球の間に浮かぶ回転円盤型スペースステーション)は,この知見が知られる50年も前のアイデアではあるが,長期宇宙滞在時における正常圧水頭症を防ぐためにも不可欠の機能なのかも知れない.

執筆者: 

岡田朋久   

監修者: 

有田和徳、川原 隆

メールで読みたい方はこちら

メルマガ登録する