特発性頭蓋内圧亢進症患者での大きな静脈洞内圧格差(脳静脈洞狭窄)を予測する因子は何か:121例の解析

公開日:

2025年5月16日  

Predictors of dural venous sinus pressure gradient in patients with idiopathic intracranial hypertension

Author:

Momin AA  et al.

Affiliation:

Department of Neurological Surgery, Thomas Jefferson University Hospital, Philadelphia, Pennsylvania, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:40053928]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2025 Mar
巻数:Online ahead of print.
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【背景】

脳静脈洞狭窄,すなわちその前後での大きな静脈洞内圧格差は特発性頭蓋内圧亢進症(IIH)の主要な原因の一つであり(文献1),これに対するステント術の有効性が報告されてきた(文献2,3,4).このため,IIHの治療にあたっては静脈洞内圧格差が高い患者を予測することが重要となっている.トーマス・ジェファーソン大学(PA)脳外科は,2019年以降の4年間に経内頚静脈的に静脈洞圧が測定されたIIHの患者121例(平均年齢38.9歳,83.8%がBMI ≥30の肥満,95%が女性)を対象とした後方視研究で,静脈洞内圧格差亢進(静脈洞内の2点間の圧格差が8 mmHg以上)の予測因子を求めた.

【結論】

各因子の静脈洞内圧格差亢進の予測能は,乳頭浮腫:感度74%,特異度70%,AUC 0.71,拍動性耳鳴:感度70%,特異度63%,AUC 0.66,視機能低下:感度80%,特異度50%,AUC 0.63,MR静脈撮影における静脈洞狭窄:感度90%,特異度53%,AUC 0.71であった.
多変量解析では,静脈洞内圧格差亢進の有意の予測因子は若年,アフリカ系アメリカ人,乳頭浮腫,拍動性耳鳴,BMI ≥30,MR静脈撮影における静脈洞狭窄,腰椎穿刺における髄液圧初圧であった.Youden指標解析では髄液圧初圧 ≥25 cmH₂Oが静脈洞内圧格差亢進を予測する最適閾値であった(AUC 0.72).

【評価】

特発性頭蓋内圧亢進症(IIH)は,主に若年の肥満女性に発症し,頭蓋内圧亢進による症状を呈するが,その病態生理は未だ明確ではない(文献5).IIHの主な症状には,頭痛,視力障害,乳頭浮腫,拍動性耳鳴が含まれる.IIHの病因に関しては複数の仮説が提唱されており,近年,静脈洞狭窄による静脈還流障害が髄液クリアランスの低下を引き起こし,ICP上昇につながる可能性が示唆されている(文献5).これらの患者に対しては静脈洞ステント留置術が有望な治療法として注目されている(文献2-5).特に,静脈洞狭窄部位における静脈洞内圧格差の上昇が確認された患者が,この手技の適応となる.
しかし,静脈洞内圧勾配の上昇の検出には経内頚静脈的な静脈洞内圧測定が必要で,その侵襲性が問題となる.また,静脈洞ステント留置術には術前の抗血小板療法(DAPT)が必要であるため,適応患者の選定が重要となる.したがって,臨床徴候あるいは非侵襲的検査所見で,静脈洞内圧勾配の上昇(静脈洞狭窄)を予測する因子を明らかにすることは,重要な臨床的な課題である.
IIHの患者121例を対象とした本研究では,静脈洞内圧格差亢進を予測する因子として,若年(出産可能年齢),アフリカ系アメリカ人,乳頭浮腫,拍動性耳鳴(静脈洞狭窄部位での乱流を反映),BMI ≥30(肥満),MR静脈撮影で確認される限局性静脈洞狭窄,髄液圧初圧 ≥25 cmH₂Oが検出された.一方で,頭痛や視力障害もIIH患者で一般的に認められる症状ではあるが,静脈洞内圧格差亢進の特異的な指標にはならないことが示された.
2021年のMiahらの報告によれば,2017年の英ウェールズにおけるIIH(>25 cmH₂O)の有病率は76/10万人,発生率は7.8/10万/年で,2003年のそれ(12/10万人と2.3/10万人/年)より急速に増加していた(p <.001)(文献6).この増加は肥満ならびに貧困(WIMD重複剥奪指数)と相関していた.本研究でも肥満とアフリカ系アメリカ人が静脈洞圧格差亢進の予測因子であった.
肥満とIIHそして静脈洞狭窄の関係については,肥満→腹腔内圧の上昇→上大静脈圧の上昇→静脈洞圧の上昇→髄液/静脈洞内圧格差の減少→くも膜顆粒における髄液吸収の減少→頭蓋内髄液の貯留→頭蓋内圧亢進→静脈洞の外圧に弱い部分(多くは横静脈洞)での圧縮・狭窄→狭窄部より上流での静脈洞内圧のさらなる上昇→さらなる頭蓋内圧亢進→さらなる狭窄の進行という悪性サイクルが示唆されている(文献7,8).一方で,横静脈洞狭窄が頭蓋内圧亢進の一義的な原因であるという考え方もある(文献1).
本研究で得られた知見は,IIHにおいて,静脈洞圧測定-静脈洞ステンティングの対象を適切に選択するための基準を提供している.本研究結果を受けて著者らは,髄液圧初圧が高く,MR静脈撮影で静脈洞狭窄が確認されるIIH患者には静脈ステント留置術の適応を考慮すべきであると述べている.
本研究結果はIIHの治療と直結する重要な発見であり,前向き試験や他施設のシリーズで検証されるべきである.

執筆者: 

有田和徳

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