慢性硬膜下血腫周術期のアスピリンは中止すべきか:スイスにおける多施設RCT(SECA試験)

公開日:

2025年7月11日  

Aspirin Continuation or Discontinuation in Surgically Treated Chronic Subdural Hematoma: A Randomized Clinical Trial

Author:

Kamenova M  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, University Hospital of Basel, Spitalstrasse, Switzerland

⇒ PubMedで読む[PMID:40287938]

ジャーナル名:JAMA Neurol.
発行年月:2025 Jun
巻数:82(6)
開始ページ:551

【背景】

慢性硬膜下血腫周術期のアスピリンの投与継続は硬膜下血腫の再発リスクを高める可能性があるが(文献1-4),周術期のアスピリンの中止は心血管系イベントの出現につながる可能性がある(文献5,6).
本稿は,スイスにおける多施設二重盲RCT(SECA試験)の結果である.2018年から2023年にスイスの6ヵ所の脳外科センターで穿孔ドレナージ手術が行われた患者のうち,慢性硬膜下血腫発症前にアスピリンを内服していた155例(平均年齢78歳,男性83.9%)が対象となった.78例はアスピリンが継続され,77例は周術期に偽薬が12日間投与された.偽薬は,緊急手術では翌日か当日から,予定手術では手術の5日前から投与された.

【結論】

主要評価項目である術後半年間の再手術率は,逆確率重み付け後で,アスピリン群13.9%,偽薬群9.5%と有意差はなかった(加重リスク差4.4%, p=.56).
術後半年間の主要な心・脳血管ならびに血栓塞栓イベント(深部静脈血栓など)全体の発生はアスピリン群15名,偽薬群16名であった(HR 0.91,95% CI:0.45-1.83).
術後半年間の主要な心・脳血管イベントの発生はアスピリン群3名,プラセボ群6名であった(HR 0.48,95% CI:0.12-1.91).
術後半年間の全死亡の発生はアスピリン群4名,偽薬群2名であったが,心・脳血管イベントとは関係がなかった.

【評価】

慢性硬膜下血腫は高齢者に多い疾患であり,このため,患者がアスピリンなどの抗血小板剤を服用していることが多い.慢性硬膜下血腫の手術期にアスピリンを服用していると再発率が7-10%から25-33%に上昇すると報告されている(文献3,4).他方で,ASAを中止すると,心筋梗塞,心停止,心臓死などの周術期心血管イベントのリスクが増加するとされる(文献5,6).しかし,慢性硬膜下血腫の周術期アスピリン服用の有無が再発率や周術期心血管イベントに与える影響については,質の高いエビデンスはない.本稿はスイスで行われた偽薬対照RCTであるが,逆確率重み付け後の慢性硬膜下血腫の再手術率はアスピリン群13.9%,偽薬群9.5%でアスピリンの中止は慢性硬膜下血腫の再発を予防しないことが明らかになった(p=.56).
従来,アスピリン服用患者では慢性硬膜下血腫の再発率が25-33%と報告されているが(文献3,4),本稿のRCTではアスピリン服用群の再発率はその約1/3であった.
また,副次評価項目であった,全体の心・脳血管または血栓塞栓イベント,主要な心・脳血管イベント,血栓塞栓イベント,再発以外の頭蓋内出血,術後貧血,全死亡率,mRS良好(0–2)も2群間で差はなかった.ただし,有意差はないが主要な心・脳血管イベントの発生率は,アスピリン群の3例(0.05/人・半年)に対して偽薬群で6例(0.10/人・半年)と2倍高かった.
本研究の結果は,今後複数のRCTで検証される必要性があるが,少なくとも心・脳血管イベントのリスクが高い患者で,脳への圧迫が強く麻痺症状が出ている慢性硬膜下血腫に対してはアスピリンを継続したままでの穿孔ドレナージ手術は許容されるように思われる.
さらに,手術前の抗凝固薬服用患者でも同様に,慢性硬膜下血腫の再発との関係を指摘する報告と否定する報告があり,まだ結論は得られていない(文献7,8).こちらも,大規模なRCTでその影響を明確にしてほしいところである.

執筆者: 

有田和徳