成人成長ホルモン欠損症(AGHD)患者における合併症の頻度とリスク因子:日本の医療保険請求データベース(MVD)から

公開日:

2025年4月23日  

Prevalence and risk of complications in untreated patients with adult growth hormone deficiency

Author:

Fukuoka H  et al.

Affiliation:

Division of Diabetes and Endocrinology, Department of Internal Medicine, Kobe University Hospital, Hyogo, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:39966200]

ジャーナル名:Pituitary.
発行年月:2025 Feb
巻数:28(2)
開始ページ:32

【背景】

成人成長ホルモン欠損症(AGHD)は,脂質代謝異常症,糖尿病,高血圧,骨粗鬆症,脂肪肝などの有病率を高め,主として心疾患によって死亡率が高くなることが報告されているが(文献1-5),過去に人口レベルでの研究はない.
神戸大学のFukuokaらは,本邦の医療保険請求データベース(MVD)からICD-10コードを基にAGHD患者を抽出し,AGHDに関連する合併症の頻度を求めて一般人口と比較した.
2008年から2022年までに登録されていたAGHD患者は8,809名(女性57%)で,初診時年齢は平均56歳であった.
717名(8.1%)のみが,成長ホルモン補充療法(GHRT)を受けていた.

【結論】

2020年に登録されていたAGHD患者のうち,GHRTを受けていない3,430名を対象に,合併症の有病率を一般人口と比較した.性・年齢を調整後の比較では,GHRTを受けていないAGHD患者では,一般人口と比べて,糖尿病(9.3% vs. 3.6%),骨粗鬆症(4.8% vs. 1.3%),脂質代謝異常症(22.0% vs. 3.9%)と,合併症の頻度は高かった.
Cox回帰解析では,一般人口と同様に,AGHD患者でも,年齢は大部分の合併症のリスク因子で,女性は骨粗鬆症のリスク因子であった.糖尿病は,脂質代謝異常症,虚血性心疾患,脳血管疾患,全死亡のリスク因子であった.

【評価】

本研究は,日本の医療保険請求データベース(MVD)に基づいて,GHRTを受けていないAGHD患者における合併症の頻度を明らかにしたものである.下垂体部腫瘍を伴っていたのは約35%であった.AGHDと診断された年齢のピークは,下垂体部腫瘍を伴っていた患者では男女とも60代から70代前半であり,AGHDの主要な原因である非機能性PitNETの発症年齢を考えれば了解はできる.一方,下垂体部腫瘍を伴っていない症例では,男性ではピークが60-70歳であるのに対して,女性では30-40歳,60-70歳と2つのピークがある.これについて著者らは,女性では月経不順の形で下垂体機能不全がみつかりやすいこと,自己免疫性下垂体炎やシーハン症候群などの妊娠関連下垂体機能低下症が30-40歳代で発生しやすいことと関連していると推測している.
本研究では,GHRTを受けていないAGHD患者では,一般人口と比較して糖尿病,骨粗鬆症,脂質代謝異常症の頻度が高いこと,またこれらの合併症発生のリスク因子は,一般人口と同様,加齢,女性(骨粗鬆について)であることを示している.
これらの結果は従来のAGHD患者の合併症に関する報告と同様であるが,脂肪肝やNASH/NAFLDの有病率は0.7%及び0.1%と,一般人口を対象とした過去の調査結果(脂肪肝27.7%,NASH/NAFLD23.7%,文献6)より極端に低かった.これらの肝疾患の診断には,担当医の気づきに加えて超音波やCTなどの特殊検査を必要とすること,またこれらの疾患に対しては確立した治療法がないことが,医療保険請求ベースでの有病率の低さにつながっている可能性が高い.
AGHD患者におけるGHRTの有用性は確立している(文献2)にも関わらず,本研究対象のAGHD患者においてGHRTを受けている患者は少なく,8.1%でしかなかった.もちろん一定の割合で存在する悪性腫瘍患者や糖尿病患者の存在も影響していると思われるが,やはり疾患に対する啓発の不足が背景にありそうである.本邦で,週1回投与が可能(Weekly GH)な長時間作動型成長ホルモン製剤ソマプシタンの製造販売が承認されたのは2021年1月で,本研究対象期間の最後の時期である.Weekly GHの普及によって,その後のGHRTを受けている患者の割合がどう変わるのかも興味深い.

<著者コメント>
医療保険請求データベース(MVD)を用いた本邦最大級規模のAGHDに関する研究である.その診療実態と未治療例における合併症の実態を明らかにすることを目的とした.レジストリ研究のように専門家によってセレクト,データクリーニングされたものではないため,AGHD抽出にかなりの工夫を要した.抽出の確実性にlimitationがある一方,先駆的ビッグデータ研究として,本邦AGHDの実態と未治療例における一定の問題点が浮かび上がってきたものと考えている.(神戸大学 糖尿病・内分泌内科 福岡秀規)

執筆者: 

有田和徳