術前の抗血栓剤中止とヘパリンブリッジは周術期血栓塞栓症,術中大出血,死亡を増加させる:日本発MARK研究

公開日:

2020年8月14日  

最終更新日:

2020年8月27日

Management of Antithrombotic Agents During Surgery or Other Kinds of Medical Procedures With Bleeding: The MARK Study

Author:

Gotoh S  et al.

Affiliation:

Department of Cerebrovascular Medicine and Neurology, Cerebrovascular Center and Clinical Research Institute National Hospital Organization Kyushu Medical Center, Fukuoka, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:32079478]

ジャーナル名:J Am Heart Assoc.
発行年月:2020 Mar
巻数:9(5)
開始ページ:e012774

【背景】

周術期の抗血栓剤(抗血小板剤,抗凝固剤)投与を中断すべきか継続すべきか,また中断期間にヘパリンブリッジを行うべきかについては未だ結論が出ていない.本研究は本邦の国立病院機構に属する59病院で実施された,2011年12月から2014年6月の間に手術を含む侵襲的な手技が行われる予定で,抗血栓剤を服用していた患者の前向き登録研究である.症例数は9700例(男性6673例).使用していた抗血栓剤はアスピリン58%,チエノピリジン(クロピドグレルを含む)26%,ワーファリン23%など.6149例(63.4%)で手技前に抗血栓剤が中断され,このうち1887例(30.7%)でヘパリンブリッジが行われた.

【結論】

中断群は継続群に比較して,血栓塞栓症(1.7 vs 0.6%,p<0.001),大出血(7.6 vs 0.4%,p<0.001),死亡(0.8 vs 0.4%,p<0.001)の頻度が有意に高かった.
交絡因子調整後の多変量解析では抗凝固剤の中断は,低い出血リスク手技における血栓塞栓症,大出血のリスクと相関していた(オッヅ比4.55,p=0.003とオッヅ比11.1,p=0.006).
ヘパリンブリッジは高い出血リスク手技における血栓塞栓症,大出血のリスクと相関していた(オッヅ比20.3,p=0.003とオッヅ比1.36,p=0.005).

【評価】

従来,抗血栓剤の継続は周術期の出血リスクを高め(文献1,2),逆に中断は血栓塞栓性事象を高める可能性が報告されており(文献3),臨床現場では常にリスク・バランシングに悩んできた.
一方,2015年に発表されたBRIDGE試験(RCT)において,心房細動を有する患者に対するワーファリンの継続が,周術期血栓塞栓症の予防に関して術前ワーファリン中断+ヘパリンブリッジに対して非劣性であることと,大出血の低下を有意に減少させることが証明された(文献4).
本研究は,本邦における前向き登録で,全ての抗血栓剤を対象とした試験で,抗凝固剤の中断が低い出血リスク手技における血栓塞栓症ならびに大出血のリスクと相関すること,ヘパリンブリッジは高い出血リスク手技における血栓塞栓症,大出血のリスクと相関していることを明らかにした.また抗血小板剤でも中断群では継続群に対して血栓塞栓症,大出血のリスクが高くなること,さらに中断群でヘパリンブリッジを行った群ではそれらのリスクがさらに高くなる可能性があることが示されている.
今日,多くの施設で実施されている,術前抗血栓剤の中止とヘパリンブリッジに対する重大な警鐘となっている.
本研究に対する批判としては①抗血栓剤の中断,継続の判断が担当医に委ねられているため,大出血リスクが高い症例に対して中断が選択された可能性,②血栓塞栓性事象が生じやすい合併症の多い患者に対して中断が選択された可能性,③日本で使用されている未分画ヘパリンの低用量投与では血栓塞栓症を防止するのに不十分であった可能性,④出血量の評価が正確でない可能性,⑤対象には緊急手術患者も含まれていたので中断期間が十分でなかった可能性などを指摘することが出来る.
にもかかわらず,本研究は日常診療現場における周術期の抗血栓剤の取り扱いとその転帰を1万人に近い大規模患者集団を対象に検証しており,今後の診療にとって無視することの出来ないものとなっている.
急速に高齢化しつつある日本を含めた先進諸国では抗血栓剤服用中の患者の数は急速に増加している.2015年の全国調査によれば米国の45~75歳の成人のうち52%がアスピリンを定期的に服用している(文献5).
それに伴い,手術前に抗血栓剤が中止されたために大きな脳梗塞が出来て不幸な転帰となった患者を診ることも増えている.一方で最近は,低あるいは中出血リスクの手技では抗血栓剤継続のまま,あるいは中断期間が術前1日という選択も広がっている.
いずれにしても,全診療科が関係し,日常診療にとって重要なこのテーマについて,できるだけ早く大規模な介入試験が開始されることに期待したい.
また,脳外科手術は高い出血リスクの手技として一般的には抗血栓剤継続不可とされているが,最近アスピリン継続のまま脳腫瘍手術を行った患者群でも中断群に比較して腫瘍摘出率や術中出血量に差がなかったという観察研究も報告されている(文献6).脳外科手術に特化した検討も必要である.

執筆者: 

岡田朋久   

監修者: 

神田直昭