頚静脈的血栓溶解剤投与後のチロフィバン持続注入は非心原性急性期脳梗塞患者の機能予後を改善する:中国におけるASSET-IT試験の832例

公開日:

2025年11月10日  

Early Tirofiban Infusion after Intravenous Thrombolysis for Stroke

Author:

Tao C  et al.

Affiliation:

Department of Neurology, the First Affiliated Hospital of USTC, Division of Life Sciences and Medicine, University of Science and Technology of China, Hefei, Anhui, China

⇒ PubMedで読む[PMID:40616232]

ジャーナル名:N Engl J Med.
発行年月:2025 Sep
巻数:393(12)
開始ページ:1191

【背景】

血小板膜上の活性化GPIIb/IIIa受容体とフィブリノゲンやVWFなどのリガンド結合が血小板凝集の最終共通経路であるため,同受容体の阻害薬は強力な血小板凝集抑制剤となり得る(文献1).本稿は中国38施設で実施された,急性期脳梗塞に対するGPIIb/IIIa受容体阻害薬のチロフィバンの有効性に関する二重盲検RCTである.対象は,非心原性塞栓性の急性期脳梗塞に対する経静脈的血栓溶解剤(tPA)投与終了後の832例である.終了後1時間以内に,414例では,最初の30分は0.4 μg/kg,その後23.5時間で0.4 μg/kg/minのチロフィバンが経静脈投与され,418例では,外見上実薬と判別不能な偽薬が投与された.

【結論】

両群とも経静脈的血栓溶解療法24時間後から経口抗血小板剤(単剤 or 2剤)の内服が開始された.
発症90日目のmRS 0-1の頻度は,偽薬群と比較してチロフィバン群で有意に高かった(65.9% vs 54.9%;リスク比1.20;95%CI 1.07-1.34;p =.001).
発症36時間以内の症候性頭蓋内出血はチロフィバン群でやや高かった(1.7% vs 0%,リスク比1.71,95%CI 0.45-2.97).発症90日目までの死亡はチロフィバン群4.1%,偽薬群3.8%で,有意差はなかった(リスク比1.07,95%CI 0.55-2.09).

【評価】

発症後4.5時間以内の急性虚血性脳卒中に対しては,経静脈的血栓溶解療法(tPA)が標準治療として確立している.しかし,経静脈的血栓溶解療法後には再閉塞が生じることがあり,血栓溶解後24時間以内の抗血小板薬投与によりこれを予防できる可能性がある.チロフィバン(tirofiban)は血小板膜上の糖タンパクIIb/IIIa受容体の阻害薬であり,実験モデルにおいて大血管再閉塞を抑制し,微小血管血栓形成を防ぎ,脳血流を改善する作用が報告されている(文献2).しかし,これまでの報告では,サンプルサイズが小さいことや単施設・観察研究デザインなどの制約により,臨床的な有用性に関して結論が得られていなかった(文献3-5).
本稿は,中国で実施された,経静脈的血栓溶解剤(tPA)投与終了後の患者を対象とした二重盲検RCT(ASSET-IT試験)の結果である(チロフィバン群414例,偽薬群418例).実際の血栓溶解剤としては,アルテプラーゼが75%,テネクテプラーゼが25%の患者に使用された.また,チロフィバンあるいは偽薬投与後は,通常の単剤あるいは2剤による抗血小板剤の内服が続けられた.その結果,経静脈的血栓溶解後24時間以内のチロフィバン持続投与が,90日後の良好な機能的転帰(mRS 0-1)の達成率を高めることが明らかになった.リスク比1.20,p =.001であるからかなりの有意差である.
この研究で注目すべきは,対象患者から心原性脳塞栓症が排除されていたことである.これは心原性脳塞栓症でみられるフィブリン優位の血栓は,大血管動脈硬化性病変に特徴的な血小板優位の血栓に比して,チロフィバンへの反応性が低いと考えられるためである(文献6).また,血栓回収療法予定患者も除外されている.これは,血栓回収と同時の抗血小板療法が有益でないことが知られているためであるという(文献7).
現在欧米で認可されているGPIIb/IIIa阻害薬は,このチロフィバンを含めた3種類(tirofiban,abciximab,epitifibatide)であり,日本ではいずれの薬剤も認可されていない(文献8).過去の心循環系疾患を対象とした臨床試験では,これらのGPIIb/IIIa阻害薬の有効性は示されておらず,むしろ偽薬群より死亡例が多かったことがこの背景にある.本研究でも,症候性頭蓋内出血はチロフィバン群が偽薬群より高く(1.7% vs 0%),この点は急性期脳梗塞におけるチロフィバンが臨床導入される際の隘路となる可能性がある.

執筆者: 

有田和徳