ラトケ嚢胞の手術適応とシンプルドレナージ術の効果

公開日:

2019年9月17日  

最終更新日:

2021年1月6日

Rathke's cleft cysts: a 6-year experience of surgery vs. observation with comparative volumetric analysis.

Author:

Barkhoudarian G  et al.

Affiliation:

Pacific Neuroscience Institute, John Wayne Cancer Institute, at Providence’s Saint John’s Health Center,Santa Monica, CA, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:31016554]

ジャーナル名:Pituitary.
発行年月:2019 Aug
巻数:22(4)
開始ページ:362

【背景】

ラトケ嚢胞はありふれたトルコ鞍部嚢胞性病変であるが,手術適応と手術方法については議論がつきない.本論文は,John Wayne Cancer Institute(CA)で,過去6年間で治療したラトケ嚢胞連続90例の臨床像をまとめて,これらの課題に応えようとしたものである.60%(54例)は経過観察,他の40%(36例)は手術が推奨された.手術割り当て群では女性が多かった(81% vs. 56%,p=0.04).偶然発見は経過観察割り当て群で多かった(88% vs.17%).囊胞最大径は手術割り当て群で大きかった(14.2 vs. 6.4 mm.p<0.001).

【結論】

手術群割り当て群の方が,頭痛(89% vs 26%,p<0.001),内分泌症状(36% vs 0%,p<0.001),視機能障害(19% vs 0%,p=0.001)の頻度が高かった.実際に経過観察(平均13ヵ月)出来た30例中,1例が10ヵ月目で有症候性となり,3例の嚢胞が縮小,26例(87%)のサイズは不変であった.手術割り当て群では32例(89%)が実際に手術を受け,頭痛,内分泌症状,視機能の改善はそれぞれ,90%,75%,100%で得られた.手術後の経過観察中(平均24ヵ月),8例(25%)に嚢胞液の再貯留が認められ,3例は症候性で再手術が施行された.

【評価】

長くUCLAで下垂体手術をおこなっていたDaniel Kellyの現在の所属施設からの報告である.納得出来る結果である.改めて2群を比較すると嚢胞径,臨床像,下垂体機能など,手術が必要なラトケ嚢胞は,経過観察が可能なラトケ嚢胞とは,かなり異なった集団であることがわかる.
著者等の施設では,嚢胞径が1cm以上で①視路への圧迫があり視機能障害を呈している,②成長ホルモン以外の下垂体機能低下症がある,③頭の正中前方-鼻根の頭痛(“pituitary-type”パターン)がある,④下垂体卒中例のいずれかで手術を推奨することとしている.
手術は,トルコ鞍前面に存在する菲薄化した下垂体の最下端の正中に小さな窓を作成し,そこから単純な嚢胞内容のドレナージだけを行い,嚢胞壁の摘出は一切行わない,下垂体や下垂体茎を出来るだけ触らないという,下垂体にとって愛護的な手術となっている.閉創はコラーゲンスポンジや腹部脂肪組織で鞍底をカバーして,nasoseptal flapは滅多に使用していない.手術後の合併症としては,腹部脂肪組織採取部位のトラブルが2例あっただけで,恒久的尿崩症や,新たな下垂体前葉機能低下は1例もない.
75%という驚異的な内分泌症状の改善率はこうした保存的な手術手技によるものが大きいのだろう.内容液の再貯留は25%(8/32)と高いが,再手術が必要になったのは9%(3/32)であるから,従来の報告と変わらない(文献1,2).
これまで,ラトケ嚢胞の手術手技に関しては,再発を防ぐという主眼で,様々な手術法が提案されてきた.曰く,嚢胞内壁の全摘出,造袋術(鞍底形成を行わない),くも膜下腔へのドレナージ,アルコールによる嚢胞内壁の凝固等である.しかし,これらの“変法”には特有の合併症,特に下垂体へのダメージが予想される.初回手術では,本報告のように下垂体へのリスクが少ないシンプルドレナージと鞍底形成を行い,再発に際して,種々の“変法”を駆使するのが賢明な気がする.
気になるのは,手術適応として,頭痛をどこまで採用するかである.確かに,特に女性患者では頭痛を主訴としてラトケ嚢胞が発見されることが多いようである.おそらくはラトケ嚢胞内容のleakageがきっかけとなった炎症が関与していると思われるが,頭痛は数週間で改善することが多く,再発は少ないように思う.
また75%で内分泌症状の改善が認められたとのことであるが,どのような評価方法を根拠に判定したかわからないので詳細な評価は困難である.さらに,両群とも追跡期間が短いのも問題点としてあげられる.

執筆者: 

木下康之   

監修者: 

有田和徳