TRK融合遺伝子陽性中枢神経腫瘍に対するラロトレクチニブの効果:過去最多の33例での検証

公開日:

2022年3月22日  

最終更新日:

2022年3月23日

Efficacy and safety of larotrectinib in TRK fusion-positive primary central nervous system tumors

Author:

Doz F  et al.

Affiliation:

SIREDO Oncology Center (Care, Innovation and Research for Children and AYA with Cancer), Institut Curie and Université de Paris, Paris, France

⇒ PubMedで読む[PMID:34850167]

ジャーナル名:Neuro Oncol.
発行年月:2021 
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

脳腫瘍を含む全身の腫瘍の中にはNTRK融合遺伝子を有するものがあり,NTRK融合遺伝子から作られるTRK融合蛋白質が癌細胞の生存・増殖を促進している.そのような腫瘍に対してTRKキナーゼ阻害剤が使用され始め,有効性が報告されている.本研究は,NTRK融合遺伝子陽性脳腫瘍に対するTRKキナーゼ阻害剤(ラロトレクチニブ)の有効性と安全性に関する日本/韓国を含む国際的な2つの臨床試験(1/2相,2相)から,中枢神経腫瘍のデータだけを抽出したサブ解析である.対象患者数は33例,中央値8.9歳(1.3~79.0).組織学的には高悪性度グリオーマ19例,低悪性度グリオーマ8例などであった.当該薬を一日2回内服した.一次エンドポイントは主治医が判定した画像上での客観的奏功率(ORR:CR+PR)とした.

【結論】

33例の内訳として,NTRK2が24例,NTRK1が5例,NTRK3が4例であった.全体としてORRは30%(CI:16~49)で,24週間の腫瘍制御率(CR+PR+SD)は73%(CI:54~87)であった.測定可能な病変が存在していた28例中23例(82%)で何らかの腫瘍縮小が認められた.投与開始後12ヵ月段階での治療反応率,PFS,OSはそれぞれ75%(CI:45~100),56%(CI:38~74),85%(CI:71~99)であった.ラロトレクチニブによる治療期間は1.2~31.3ヵ月,治療反応までの期間中央値は1.9ヵ月(1.0~3.8ヵ月)であった.治療関連有害事象は20例で報告され,CTCAEグレード3~4は3例であった.

【評価】

神経組織で発現しているトロポミオシン受容体キナーゼ(TRK受容体)は,神経系の発生や機能において重要な役割を果たしている.膜貫通型受容体であるTRK受容体はTRKA,TRKB,TRKCの3種類が存在しており,これらはNTRK(神経栄養因子チロシンキナーゼ受容体)遺伝子のNTRK1,NTRK2,NTRK3にそれぞれコードされる.各TRK受容体はリガンド結合ドメイン,膜貫通領域,チロシンキナーゼドメインから構成される.正常なTRK受容体はそのリガンドであるニューロトロフィン(NGF,NT-4/5,NT-3など)と結合し,受容体の2量体化が起こり,細胞内キナーゼドメイン内のチロシン残基のリン酸化を引き起こし,シグナル伝達経路(MAPK経路,PLCγ経路,PI3K経路)を正に駆動し,細胞の生存や成長を促す.
NTRK遺伝子は他のパートナー遺伝子が染色体転座の結果として融合することがあり,この遺伝子融合は様々な癌腫で認められる.NTRK融合遺伝子が形成されると細胞内TRKキナーゼドメインが融合パートナーのプロモーターの影響を受けて,TRK融合蛋白質が産生される.TRK融合蛋白質はリガンド非依存性に恒常的なシグナル伝達を引き起こし,腫瘍細胞の生存と無秩序な増殖が引き起こされる.
NTRK融合遺伝子は種々の癌腫のうち約1%で認められるが,小児の高悪性度グリオーマでは5.3%,良性グリオーマでは2.5%とその陽性率は相対に高い(文献1).さらに3歳以下の脳幹以外の高悪性度グリオーマではその頻度は上昇し,40%に達することが報告されている(文献2).
NTRK融合遺伝子の検出にはNGS(次世代シークエンシング),RT-PCR,FISH法が,TRK融合タンパクの検出には免疫組織化学が用いられているが,RNAベースのNGSは,多くの既知および新規の融合パートナーやNTRK融合遺伝子を同定できるため,理想的とされている.
本研究で使用されたラロトレクチニブは経口の分子標的薬で,リガンド非依存性に活性化したTRK融合蛋白質の細胞内キナーゼドメインにあるATP結合部位に結合することで,リン酸化を阻害し,その活性化を阻害する.その結果,RAS/MAPK/PLCγ/PI3Kなどへのシグナル伝達が抑制されることで,腫瘍細胞の生存や増殖が抑制される.ラロトレクチニブはTRKA/B/C蛋白質のキナーゼに対して親和性を示す一方で,その他のキナーゼへの結合を回避するように設計されていることから,オフターゲット作用が生じる可能性は低いと考えられる.
本研究は,過去最多の原発性脳腫瘍の患者を対象としたラロトレクチニブの治験で,既に報告されているNTRK融合遺伝子陽性癌の頭蓋内転移と同様に(文献3,4),原発性脳腫瘍に対しても有効であることを示している.注目すべきは,82%の患者がラロトレクチニブ投与以前に1種類以上の化学療法を受けていたことであるが,そのような患者集団でもラロトレクチニブ投与によって73%の患者で最低24週間の腫瘍制御が得られている.
このラロトレクチニブは,我が国ではヴァイトラックビ(バイエル薬品)の名称で,NTRK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形癌に対する適応で2021年8月に販売開始となっている.
この他,NTRK融合遺伝子陽性悪性腫瘍に対する分子標的薬としてはROS1およびTRKキナーゼ阻害剤のエヌトレクチニブ「ロズリートレク」(ロシュ社が開発,中外製薬株式会社)が2019年9月に販売開始されている.

<コメント>
今後,NTRK1/2/3のタイプ,それぞれの融合遺伝子のパートナー,年齢,組織分類,併存する他の変異(IDH,H3.3K27,TP53など),あるいはDNAメチル化の程度によるラロトレクチニブの効果の違いなどが,明らかになっていくものと思われる.化学療法による遺伝子変化が加わる前にTRKキナーゼ阻害剤を投与した場合の効果についても検討課題だが,コンパニオン診断に要する期間など,整備すべき課題が多い.
TRKキナーゼ阻害剤の問題点として,エヌトレクチニブ,ラロトレクチニブいずれも奏功期間が短いことが挙げられ,耐性変異が生じることが知られている.現在,耐性を克服し得る第2世代のTRKキナーゼ阻害剤の研究が進んでおり(文献5,6),その結果に期待したい.(広島大学脳神経外科 山崎文之)

執筆者: 

有田和徳   

監修者: 

山崎文之