くも膜下出血患者に対するクラゾセンタン(ピヴラッツ)とファスジル(エリル)の効果は違うのか:後ろ向き観察研究(RECOVER)

公開日:

2025年7月11日  

RECOVER study: a multicenter retrospective cohort study and comparison of the efficacy and safety of clazosentan and fasudil in patients with aneurysmal subarachnoid hemorrhage

Author:

Muraoka S  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:40378483]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2025 May
巻数:Online ahead of print.
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【背景】

日本では,脳動脈瘤によるくも膜下出血術後の脳血管れん縮と遅発性脳虚血(DCI)を抑制するクラゾセンタンの製造販売が2022年1月に承認され,普及が進んでいる.しかし,それまでに日本で脳血管れん縮の改善を目的として広く用いられてきたファスジル(2007年承認)と比較したデータは乏しい.このRECOVER研究は東海地方の約20病院が参加した後ろ向き研究で,周術期管理における両薬剤の有効性および安全性を比較したものである.対象は2021年4月から1年間にファスジルが使用された237例と,2023年4月から1年間にクラゾセンタンが使用された195例.両群の年齢とWFNSグレードの差は逆確率重み付け法で調整した.

【結論】

血管造影上の脳血管れん縮の発生率,DCIの発生率は,ファスジル群よりクラゾセンタン群で有意に低かった(33.7% vs 15.4%,p <.001と10.2% vs 4.4%,p =.007).退院時のmRS≤2の割合もクラゾセンタン群で有意に高かった(50.5% vs 62.2%,p =.005).
クラゾセンタンは体液貯留による合併症のリスクが報告されているが,本研究対象では両群間での肺合併症(OR:1.51,p =.354)や脳浮腫(OR:0.63,p =.200)の発生率に有意差は認められなかった.また,重症例や75歳以上の高齢者においても,クラゾセンタン群で退院時のmRS ≤2の割合が高い傾向であった.

【評価】

くも膜下出血患者では,脳血管れん縮は17~40%の頻度で遅発性脳虚血(DCI)をもたらし,その半数は脳梗塞に陥る(文献1).従来,くも膜下出血術後の脳血管れん縮に対する薬剤として,本邦では蛋白リン酸化酵素阻害薬のファスジル塩酸塩水和物(エリル),トロンボキサン合成酵素阻害薬のオザグレルナトリウムが使用されていたが,症候性血管れん縮を防ぎ得ない症例も多く,出血性合併症のリスクも存在した.
エンドセリンは,柳沢正史氏によって発見された強力かつ持続的な血管平滑筋収縮作用を有する血管内皮細胞由来のペプチドである.エンドセリンはエンドセリン-1,-2,-3の3種類が同定されており,その受容体にはETAおよびETBの2種類がある.
エンドセリン-1はくも膜下出血後に酸化ヘモグロビン誘発性の産生亢進と赤血球からの放出によって髄液中濃度が高くなることが知られており,脳血管れん縮の主要な原因物質と考えられている.
2022年に発表された偽薬対照第3相RCTによれば,エンドセリン-1の受容体であるETA受容体に対する拮抗薬クラゾセンタンが,発症6週間以内の血管れん縮関連障害+全死亡を有意に減少させた(文献2).この結果を基に,クラゾセンタン(商品名ピヴラッツ)の製造販売が2022年1月に承認された.現在,ピヴラッツは急速に臨床現場に普及しつちあるが(文献3,4),日本で先行して普及していた蛋白リン酸化酵素阻害薬のファスジル塩酸塩水和物(商品名エリル)と比較したデータはなかった.本研究は後ろ向き研究ではあるが,逆確率重み付け法(IPTW)を用いて選択バイアスを低減させて,クラゾセンタン投与とファスジル投与の効果を比較したものである.その結果,血管造影上の脳血管攣縮の発生,DCIの発生率は,クラゾセンタン投与群で有意に低く,退院時の良好な転帰(mRS ≤2)の割合はクラゾセンタン投与群で有意に高かった.WFNSグレードVの重症例や75歳以上の高齢者においても退院時の転帰良好(mRS ≤2)の割合はクラゾセンタン投与群で高い傾向であった.この研究は,クラゾセンタンが,従来,日本における脳血管攣縮予防の標準治療薬であったファスジルの効果を超えていることを明らかにするものとなっている.
一方,クラゾセンタン導入初期には,体液貯留による肺水腫などの呼吸器合併症や脳浮腫が課題となっていた(文献5,6).しかし本研究対象では,クラゾセンタンとファスジルの間で肺合併症や脳浮腫の発生率に有意差は認められなかった.本研究の対象は,本邦におけるクラゾセンタン導入から1年以上が経過した段階での患者であるから,臨床現場で輸液量の制限や利尿薬の積極的使用などによる体液バランスの調整が行われるようになったことで,クラゾセンタンに特有なこれらの合併症を防止することができるようになっているものと考えられる.

執筆者: 

有田和徳