島回を含むIDH変異低悪性度グリオーマに対する覚醒下経弁蓋手術の成績:モンペリエ大学Duffauの253例

公開日:

2025年11月11日  

A series of 309 awake surgeries with transcortical approach for IDH-mutant low-grade glioma involving the insula: long-term onco-functional outcomes in 253 consecutive patients

Author:

Duffau H  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Gui de Chauliac Hospital, Montpellier University Medical Cente, Montpellier, France

⇒ PubMedで読む[PMID:40250045]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2025 Apr
巻数:143(3)
開始ページ:765

【背景】

低悪性度グリオーマ(LGG)において,覚醒下手術と術中機能マッピングを組み合わせることで,神経障害を最小限に抑えながら摘出率を上げることが可能である.しかし,島回LGG切除における覚醒下手術の役割については未だ議論の余地がある.モンペリエ大学のDuffau Hは,2002年以降に経弁蓋経由で覚醒下手術を行ったWHOグレード2の島回LGGの連続253例(平均年齢37.5歳)を解析して,この手技の有効性を検討した.術前にてんかんを有していた患者は214例(84.5%)であり,そのうち55例(21.7%)は難治性てんかんであった.術前平均腫瘍体積は70.1 cm³であった.病理診断は星細胞腫65.6%,乏突起膠腫34.4%であった.

【結論】

平均腫瘍摘出率は89.4%で,平均残存腫瘍体積は9.6 cm³であった.手術後の恒久的神経脱落症状は2例(0.8%)のみに認められた.術後も難治性てんかんが持続したのは20例(7.9%)であった.53例(20.9%)は術後早期に補助療法を受け,49例(19.3%)では再度の覚醒下手術が行われた.平均追跡期間は7.1年であり,最終評価時点での全生存率は80.2%であった.
純粋な島回LGG(第1群)は39例(15.4%),他の脳葉にも浸潤する第2群は214例(84.6%)であった.第1群では偶発的に発見された腫瘍の割合が高く,第2群では難治性てんかんの頻度と術前腫瘍体積が有意に高かった(いずれもp <.01).

【評価】

WHOグレード2神経膠腫(LGG)は,中枢神経系内をびまん性に浸潤し,未治療のままでは最終的に高悪性度腫瘍へと進行する(文献1).しかし,早期かつ積極的な治療,特に初回治療としての可及的全摘手術に基づく治療戦略により,全生存期間(OS)の延長が得られ,近年の報告では約20年に達する(文献2,3).最近では切除率の向上に加え,覚醒下での皮質下電気刺激マッピングを用いたコネクトームに基づく切除により,重篤な永続的神経障害のリスクを回避しつつ,生活の質を維持することが可能となり,職場復帰率は93-97%と非常に高率である(文献4,5).
しかし,島回はLGGの好発部位であるが,この領域は依然として脳外科医にとってはチャレンジングな部位である.実際,2010年以降の最新の報告においても,新たに生じる永続的神経機能障害(主に片麻痺および/または言語障害)の発生率は2.7-17%と,決して低くはない(文献6-9).このような島回内LGGを覚醒下手術を用いて切除する意義は依然として明らかになっていない.
本研究は,LGGの手術では第一人者であるモンペリエ大学Duffau教授が,2002年から2024年に経弁蓋経由の覚醒下手術を用いて切除を行った連続253例の解析である.過去最大のシリーズであることは言うまでもない.
実際の大脳皮質切開は前頭弁蓋46件,側頭弁蓋45件,前頭+側頭弁蓋121件,頭頂弁蓋2例であった.その結果,平均腫瘍摘出率は90%で,手術後の恒久的神経脱落症状は0.8%という結果であった.さらにKPS平均値は術前93.1,術後93と不変であり,術後の職業復帰率は96.6%に達した.手術前に難治性てんかんを呈していた患者で,手術後にてんかん発作が消失し,QOLが大きく改善した患者の割合は13.8%であった.
島回や弁蓋ならびにその周囲には重要な神経機能や動静脈が集中していることを考慮すれば,本論文で示された手術成績は驚異的と言って良い.
この手術成績が,Duffau教授個人の超人的な才能と努力によってのみ達成可能なのではなく,ある程度の経験を積んだ脳腫瘍外科医であれば,正確な解剖学的知識に基づいてきちんとした手順を踏めば実現可能なことを示して行くことが次の世代の課題と思われる.

<コメント>
本論文は,以前私が留学していたモンペリエ大学Duffau教授のinsular gliomaのpersonal seriesの長期成績をまとめたものである.Insular gliomaに関する論文は数多く報告されているものの,症例数が少ない,手術方法や解析などが論文ごとでまちまちであることなどが問題であった.本論文では,均一のコホートにするために,単一術者の覚醒下手術,G2のglioma,trans-opercular approach症例に限定して解析している.それでも253患者309手術と過去最多症例での解析である.治療成績としては,平均摘出率が89.4%,術後の合併症はわずか0.8%,職場復帰率も96.6%と非常に良好な治療成績となっている.
Duffau教授の手術スタイルは独特であり,術中ナビゲーションは使用せずエコーのみを使用し,また顕微鏡も使用せずに肉眼的に腫瘍を切除している.論文内で言及はないものの,手術時間も非常に短く,insular gliomaであっても手術が夕方までに終了しない症例は留学期間中に一度も経験しなかった.そのようなシンプルな手術スタイルでも,このような驚異的な治療成績を出していることに驚きを感じる読者も多いと思われる.このような治療成績の背景には,覚醒下手術での皮質・皮質下の適切な脳機能マッピングと,腫瘍と重要な深部白質線維の解剖学的な理解が大きく寄与している.Discussion内では手術方法の違いについても言及しているが,全身麻酔下での摘出と覚醒下手術での摘出では,覚醒下手術の方がメタ解析で永続的な障害が有意に低かったこと,またtrans-Sylvian approachとtrans-opercular approachとの比較ではtrans-opercular approachの優位性を主張している.症例が分散する本邦においては,このような症例を脳神経外科医が経験できる数は限られている.Duffau教授のもとには世界各国から若手脳神経外科医が勉強に訪れており,もし本論文に興味を持たれた先生がいらっしゃれば,ぜひ見学をおすすめしたい.
(奈良県立医科大学脳神経外科 松田良介)

執筆者: 

有田和徳

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