公開日:
2026年5月6日Molecular markers of Rathke's cleft cysts and their clinical correlates: insights from experimental and human analyses
Author:
Sasaki Y et al.Affiliation:
Division of Diabetes and Endocrinology, Department of Internal Medicine, Kobe University Graduate School of Medicine, Kobe, Japan| ジャーナル名: | J Neurosurg. |
|---|---|
| 発行年月: | 2026 Apr |
| 巻数: | Online ahead of print. |
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【背景】
近年,Brinkmeierらは下垂体特異的Isl-1(ISL LIM homeobox 1)ノックアウトマウスの研究を通して,ラトケ嚢(pouch)の形成にISLが必須であること,またISLノックアウトはヒトのラトケ嚢胞に類似した嚢胞の形成をもたらすことを明らかにした(文献1).さらに,このラトケ嚢胞に類似した嚢胞は,6個の分子マーカー(KRT8,TUBA1A,SOX2,SOX9,FOXA1,FOXJ1)を高発現することが明らかになった.
神戸大学などのチームは,手術で摘出されたラトケ嚢胞108例を対象に,これら6個の分子マーカーの発現と臨床像,画像所見,病理像の関係を解析した.
【結論】
蛍光免疫染色における発現率はKRT8:100%,TUBA1A:90.7%,SOX2:75.9%,SOX9:76.9%,FOXA1:55.6%,FOXJ1:84.3%であった.SOX9の発現は病理学的な一層の上皮細胞配列と有意に相関した(p =.001).TUBA1A発現の欠落はAVPD(尿崩症)出現と有意に相関した(p =.042).FOXJ1発現は下垂体機能低下と有意に相関した(p =.040).
その他の臨床像や画像所見に関しては,上記6マーカーの発現との相関は認められなかった.
KRT8およびFOXA1染色は,ラトケ嚢胞と頭蓋咽頭腫の病理学的な鑑別に用いることができる可能性がある.
【評価】
ラトケ嚢胞は,トルコ鞍および鞍上部に存在する良性の嚢胞性病変であり(文献2),胎生期におけるラトケ嚢(pouch)の遺残に由来すると考えられている.ラトケ嚢胞は稀な病変ではなく剖検例における頻度は20%を超える(文献3).臨床で発見されるラトケ嚢胞の大部分は無症候性で,増大や症候性変化は極めて稀であるが(文献4),一部は増大や炎症性変化によって,頭痛,視覚障害,下垂体機能低下症,あるいはAVPD(尿崩症)を呈し,外科的介入が必要となる(文献5).
著者らは,下垂体特異的Isl-1ノックアウトマウスを用いた研究によって,6つの分子マーカー(KRT8,TUBA1A,SOX2,SOX9,FOXA1,FOXJ1)が,マウスのラトケ嚢胞に類似した嚢胞の発生と下垂体形成に重要な役割を果たすことを明らかにしている.本研究は,ヒトのラトケ嚢胞108例における,これらのマーカーの発現と臨床像との関係を解析したものである.その結果,ヒトのラトケ嚢胞においても,上記の分子マーカーが高率に発現していることが明らかになった.特にKRT8は全例で発現しており,ラトケ嚢胞の信頼性の高い病理学的な診断マーカーになる可能性がある.一方,本シリーズではFOXA1の陽性率は55.6%であったが,頭蓋咽頭腫ではFOXA1発現を欠くことがわかっているので(文献1),KRT8染色と併せて評価することによって,ラトケ嚢胞と頭蓋咽頭腫の病理学的な鑑別に有用である可能性がある.
また,本研究においてTUBA1A発現の欠落がAVPD(尿崩症)出現と有意に相関し,FOXJ1発現が下垂体機能低下と有意に相関することも明らかになっているが,今後それらの機序が明らかになることを期待したい.
<著者コメント>
米国留学中に携わった研究(文献1)を,いかに臨床の現場へ還元できるかを模索してきました.その過程で,国内の多数の検体を解析する貴重な機会をいただき,本論文の掲載へとつながりました.内科医にとって脳神経外科系の専門誌はややハードルが高く感じられる側面もありますが,今回このような形でアクセプトに至ったことは,大きな励みとなっています.
本研究では,マウス解析から同定された6つの分子マーカーに着目し,108例のラトケ嚢胞検体を対象に免疫染色を実施し,それぞれの発現と臨床所見との関連について検討しました.これまで,ラトケ嚢胞に合併する下垂体機能低下症や中枢性尿崩症との関連については,主としてMRI所見や嚢胞周囲の炎症所見に基づく報告が中心でしたが,本研究ではマーカーの染色性に焦点を当てることで,従来とは異なる観点から病態にアプローチしてみました.この点において,新たな知見と視座を提示できたのではないかと考えています.一方で,本研究はいくつかの課題も有しています.まず後方視的解析であるため,各マーカーの発現と術後の内分泌機能の回復や予後との関連については,十分に評価できていません.また,手術例に限定された検討であることから,非手術例におけるラトケ嚢胞の性質やマーカー発現の意義については未解明の部分が残されています.今後は,ラトケ嚢胞と鑑別を要する他疾患との比較検討や,前向き研究による機能予後との関連解析などを通じて,これらの課題に取り組んでいきたいと考えています.
ラトケ嚢胞サンプルを提供いただいた森山記念病院 山田正三先生,虎の門病院 西岡宏・福原紀章先生,神戸大学 藤田祐一先生に改めて感謝を申し上げます.(神戸大学 糖尿病・内分泌内科学 坂東弘教)
執筆者:
有田和徳関連文献
- 1) Brinkmeier ML, et al. Rathke's cleft-like cysts arise from Isl1 deletion in murine pituitary progenitors. J Clin Invest. 130(8):4501-4515, 2020
- 2) Osborn AG, et al. Intracranial cysts: radiologic-pathologic correlation and imaging approach. Radiology. 239(3):650-664, 2006
- 3) Voelker JL, et al. Clinical, radiographic, and pathological features of symptomatic Rathke's cleft cysts. J Neurosurg. 74(4):535-544, 1991
- 4) Kinoshita Y, et al. Natural course of Rathke's cleft cysts and risk factors for progression. J Neurosurg. 138(5):1426-1432, 2023
- 5) Hacioglu A, et al. Rathke's cleft cyst: from history to molecular genetics. Rev Endocr Metab Disord. 26(2):229-260, 2025
参考サマリー
- 1) 下垂体炎を伴ったラトケのう胞の臨床像:虎の門病院の11例
- 2) ラトケのう胞は内容液の性状によって再発率が異なるか:大阪大学
- 3) ラトケのう胞に伴う頭痛は内視鏡下ドレナージで改善する:ロイヤル・メルボルン病院24症例のHIT-6スコアの変化
- 4) ラトケのう胞の自然経過では増大よりも縮小が多い:過去最大229例の自然史と増大・縮小のリスク因子
- 5) のう胞性下垂体部腫瘤の4型への画像分類はラトケ嚢胞とのう胞性下垂体腺腫の鑑別に寄与するか
- 6) ラトケ嚢胞手術後再発の要因は何か?
- 7) ラトケ嚢胞非手術例では下垂体機能障害の自然回復もある?
- 8) のう胞性下垂体腺腫とラトケ嚢胞の鑑別には造影3D-FLAIRが役にたつ
- 9) 再発を繰り返すラトケ嚢胞に対するガンマナイフ治療
- 10) ラトケ嚢胞の手術適応とシンプルドレナージ術の効果