神経血管減圧手術の際の骨蝋の乳突導出静脈からS状静脈洞内への迷入は意外に多い:大阪北野病院の241例の解析から

公開日:

2025年3月28日  

最終更新日:

2025年3月29日

Risk of Bone Wax Migration During Retrosigmoid Craniotomy for Microvascular Decompression: Case-Control Study

Author:

Hashikata H  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Medical Research Institute Kitano Hospital, Osaka, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:37934925]

ジャーナル名:Oper Neurosurg (Hagerstown).
発行年月:2024 Apr
巻数:26(4)
開始ページ:406

【背景】

神経血管減圧手術(MVD)では,S状静脈洞の後縁を露出するために乳様突起後部を削らなくてはならない.この際に遭遇する乳突導出静脈からの出血は骨蝋の塗り込みで容易に止血し得る(文献1).しかし,骨蝋が乳突導出静脈からS状静脈洞まで迷入することがあり(文献2,3),稀に静脈洞の閉塞を起こすこともある(文献4).大阪 北野病院脳外科は,2012年からの約4年間にMVDが行われた421例のうち,再手術例,術後のCTでの導出静脈管の長さが1 mm以下の症例,骨蝋が直接S状静脈洞に迷入した症例(4例)などを除いた241例を対象にMVDにおける骨蝋のS状静脈洞への迷入の頻度とそのリスク因子について検討した.

【結論】

術後のCTで,187例はS状静脈洞への骨蝋迷入なしと判定され,54例は迷入ありと判定され,迷入ありのうち16例ではS状静脈洞の閉塞が認められ,このうち3例では手術後の罹患側の小脳出血が認められた.術後CT上の導出静脈管の短さと太さは静脈洞への骨蝋迷入と相関した(p =.013とp =.003).多変量解析でも,術後CT上の導出静脈管の短さと太さは静脈洞への骨蝋迷入のリスク因子であった(オッズ比=1.31,p =.013とオッズ比=0.917,p =.003).
この事実が明らかになって以降,著者らは術前のCTで導出静脈管が短くて太いと予想されるケースでは,導出静脈を削り出して凝固止血することにしている.

【評価】

従来から後頭蓋窩手術におけるS状静脈洞内への骨蝋の迷入はしばしば報告されている(文献2,3,4).脳外科の手術のうち乳様突起を削る手技を要する手術で最も多いのは,三叉神経痛や顔面けいれんに対するMVDである.本稿は年間100例前後のMVDを実施している大阪 北野病院における後方視研究である.その結果,MVD術後のCTでは,解析対象の241例のうち54例(22.4%)とかなりの頻度で,S状静脈洞内への骨蝋の迷入が認められている.さらにS状静脈洞内への骨蝋の迷入があった54例中16例でS状静脈洞の閉塞が認められ,そのうち3例では罹患側小脳の出血が認められたという.また,術後CT上での,乳突導出静脈の代用指標としての乳突導出静脈管の短かさと太さは,術後のS状静脈洞内への骨蝋迷入のリスク因子であった.
この研究結果は,術前CTで,手術側に太くて短い導出静脈管が認められれば,すなわち太くて短い乳突導出静脈の可能性があれば,術中の乳突導出静脈からの出血に対しては,むやみに骨蝋を押し込んではならないことを教えている.著者らは,そのようなケースではHadeishiらの論文に基づきフィブリン・スポンジの使用か,骨蝋を用いたとしても少量にとどめることを推奨している(文献2).また現在,著者らはそうしたケースでは,乳突導出静脈をドリルアウトし,凝固止血を行っているようである,また,万が一,骨蝋迷入が疑われれば,迷うことなくS状静脈洞を露出して,ICGや超音波診断装置を用いて骨蝋迷入を確認し,迷入した骨蝋を摘出すべきであると述べている.
では,手術前のCTで導出静脈管の太さが何ミリであれば,骨蝋迷入のリスクがどれくらい高いのかについては,著者らは明らかにしていない.ただし本研究では,導出静脈管の径は,骨蝋迷入なし群で2.24±1.67 mm,有り群で2.97±1.03 mmであった.また,過去のCTを用いた研究では,乳突導出管の直径 >2 mmは右側で26.3%,左側で22.9%であったという.少なくとも術前のCT上3 mm以上の径の乳突導出管を有するケースでは,十分に注意して手術にあたる必要性があるだろう.そのようなケースでは,予め直ぐにフィブリン・スポンジが作成できるように準備をしておくことが必要かも知れない.

<著者コメント>
本研究では,従来経験的に「乳突導出静脈管(MEC)が太く短い場合,骨蝋がS状静脈洞へ迷入しやすい」と考えられてきた点について,術前CTによるMECの長さおよび太さの測定を行い,それらが統計学的に有意なリスク因子であることを示した.MVD術後のCT評価では22.4%(54/241例)に骨蝋迷入が確認されたが,これはthin slice CTによる評価であり,実際に症状を呈したのは3例のみであった.
一般にS状静脈洞の閉塞は重大な影響を及ぼさないとされる(文献3).しかし,血栓が上錐体静脈洞やLabbe静脈に波及する場合や,直静脈洞や上矢状静脈洞がconfluenceを介さずに横静脈洞へ独立して流入する解剖学的バリエーションを有する症例では,S状静脈洞閉塞により静脈還流障害を引き起こす可能性がある.このため,MECの径が大きい場合やS状静脈洞との距離が短い場合には,術前にMRVやCTVによる評価が望ましい可能性がある.
しかしながら,MVD術前にMECやS状静脈洞の詳細な評価をルーチンで実施している施設は限られており,止血目的で使用された骨蝋が予期せぬ合併症を引き起こす可能性がある点に留意すべきである.Hadeishiら(文献2)は,骨蝋の代替としてフィブリン・スポンジの使用を推奨しており,これは有用な提言であるが,当施設ではフィブリン血栓の静脈洞内進展を経験したことから,MECをskeletonizeし,乳突導出静脈(MEV)を凝固焼灼する方法を優先している.ただし,開頭法や止血手技は施設ごとに異なるため,本手法はあくまで一つの選択肢として提示するものである.
本研究の結果は,術前CTによるMECの評価が骨蝋迷入リスクを定量的に予測する手段となり得ることを示唆している.また,本研究では,手技によるバイアスを排除するため,MVD症例に限定して解析を行った.今後,この知見が後頭蓋窩手術全般に応用されることが期待される.(北野病院脳神経外科 箸方宏州)

執筆者: 

有田和徳