非機能性下垂体腫瘍手術後のPFSは高齢者で長い:Mayoクリニック

公開日:

2024年6月18日  

最終更新日:

2024年6月19日

Correlation of older age with better progression-free survival despite less aggressive resection in nonfunctioning pituitary adenomas

Author:

Shinya Y  et al.

Affiliation:

Departments of Neurologic Surgery Mayo Clinic, Rochester, MN, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:38669710]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2024 Apr
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

非機能性下垂体腫瘍術後の長期予後は年齢毎に異なるのか.Mayoクリニック脳外科は2014年以降5年間に経鼻的に手術した非機能性下垂体腫瘍228例を年齢群で分けて検討した.
病理学的分類はゴナドトロフ腫瘍102例(47.7%),ナルセル腫瘍82例(38.3%),サイレント・コルチコトロフ腫瘍23例(10.7%),他のサイレント腫瘍7例(3.3%)であった.
年齢別内訳は,≤49歳:64例,50–59歳:58例,60–69歳:71例,≥70歳:35例であった.どの群でも半数が顕微鏡下手術,半数が内視鏡下手術を受けていた.追跡期間中央値は63.2ヵ月(0.1–107.9).

【結論】

5年PFS率は,≤49歳:63.0%,50–59歳:76.7%,60–69歳:85.0%,≥70歳:88.1%と高齢になるほど高かった(p =.001,log-rank).多変量解析でも患者年齢が上がるほどPFSは長かった(HR 1.03,95% CI 1.02–1.05;p =.001).同じく多変量解析では小さな腫瘍径と肉眼的全摘出は長いPFSと相関していた(HR 0.77,p =.036とHR 8.55,p =.001).また,若い年齢は手術後の男性性腺機能低下の改善と相関した(HR 0.91,p =.019).
その他,神経学的な転帰や内分泌学的な転帰と年齢とは相関しなかった.

【評価】

人口の高齢化に伴って下垂体腫瘍を有する高齢者も増加しつつあるが(文献1,2),高齢者下垂体腫瘍に対する経蝶形骨洞手術では術後合併症率が高いことが報告されている(文献2,3).一方,高齢者の非機能性下垂体腫瘍に対する経鼻手術後の再発などの長期予後や下垂体機能の解析は少ない.本研究はMayoクリニックで経鼻手術(顕微鏡下手術と内視鏡下手術が半々)が施行された非機能性下垂体腫瘍を対象に長期予後(PFS),下垂体機能,神経症状等の変化を年齢群別に分けて検討したものである.また,これらに影響する年齢,性,腫瘍径,手術方法,腫瘍摘出率,腫瘍の外側進展度(Knospグレード),病理分類の影響を検討している.
その結果,髄液漏や術後30日以内の再入院などの合併症には年齢による違いはなかったが,70歳以上の高齢者群では,肉眼的全摘出率が28.6%と他の年齢層(41.4-63.4%)と比較して有意に低い(p =.004)にも関わらず,5年PFS率は88.1%と他の年齢層(63.0-85.0%)と比較して有意に高かった(p =.001).著者らはこの結果を受けて,高齢者では肉眼的全摘出にあまりこだわることなく,神経機能と下垂体機能の温存を重視した手術を行うことが有用であろうと結論している.
その他,長いPFSと相関した因子は小さな腫瘍径と肉眼的全摘出であったが,これは想定範囲内の結果と言えよう.
一方,サイレント・コルチコトロフ腫瘍(SCA)は,その他の種類の非機能性下垂体腫瘍よりもアグレッシブな腫瘍であることが知られているが(文献4,5),本研究ではPFSに差はなかった(多変量p =.817).SCAの症例数の少なさ(23例:全体の10.7%)によるのであろうか.ただし,非SCAの非機能性下垂体腫瘍で認められた,年齢が上がるにしたがってPFSが長くなるという事実は,SCAでは認められなかった.SCAではたとえ高齢者であっても安全な範囲内での摘出が長期のPFSを保障することにはならないことになる.
本論文で少し気になるのは,成長ホルモン欠損の頻度が対象例全体で術前8.8%と低く,術後新たに加わった成長ホルモン欠損も1.8%と稀であったことである.著者らは,成長ホルモン欠損症を,性・年齢が一致した健常者の標準値よりIGF-1値が低かったものと定義している.一方,ITT,アルギニン負荷,GHRP-2といった成長ホルモン分泌負荷試験に基づけば,非機能性下垂体腫瘍患者における手術前・手術後の成長ホルモン欠損症は約半数の症例で認められている(文献6,7).この点は注意して解釈する必要性がある.

<著者コメント>
社会発展,医療高度化,健康意識向上に伴い,先進国での平均寿命は伸び続けており,高齢化は今後ますます深刻な問題となってくることが予想される.脳神経外科領域においては,脳卒中診療同様に,良性脳腫瘍においても高齢患者に対する治療介入の必要性が増大していくであろう.しかしながら,高齢患者に対する脳神経外科手術は,既報告で示されているように,複数の併存疾患による周術期合併症のリスク増加と関連している.
高齢者人口における原発性頭蓋内腫瘍の約13%を占める下垂体腺腫では,高齢患者に対しても現代的な経鼻手術手技が,安全かつ有効であることが示されているが,研究のほとんどは,主に短期的な術後アウトカムに焦点を当てており,長期予後は十分に解明されていない.また,高齢患者では腫瘍成長速度が遅いことが知られており,侵襲性と腫瘍制御のバランスをとることが肝要と考えられる.これらの背景を踏まえ,本研究では,高齢患者の非機能性下垂体腺腫に対する経鼻手術成績を分析し内分泌学的結果を含む長期転帰を明らかにすることを目的とした.結果として,非機能性下垂体腺腫の長期転帰には各年齢層間で有意差が認められた.高齢患者は若年患者よりも腫瘍の全摘出率が低かったにもかかわらず,長期の腫瘍制御率が良好であった.対照的に,若年男性患者では性腺機能低下症の改善を経験した割合が有意に高かった.高齢患者の非機能性下垂体腺腫では,腫瘍全摘出の達成に過度に重点を置くよりも,神経機能と内分泌機能の温存を優先するmaximal safe resectionを重視する方が有益である可能性を示唆する結果となった.今後,この現象を解明するための遺伝学的・分子学的解析を検討している.無論,本研究は高齢患者に対する積極的な外科的治療介入を推奨するものではなく,経過観察を含めた患者管理を包括的に理解し,手術適応考慮時には,リスク・ベネフィットを慎重に評価することが重要である.(Mayoクリニック脳神経外科、東京大学脳神経外科 新谷祐貴)

執筆者: 

有田和徳