公開日:
2024年4月18日最終更新日:
2024年5月10日Benefits of stereotactic radiosurgical anterior capsulotomy for obsessive-compulsive disorder: a meta-analysis
Author:
Gupta R et al.Affiliation:
University of Minnesota Medical School, Minneapolis, MN, USAジャーナル名: | J Neurosurg. |
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発行年月: | 2024 Mar |
巻数: | Online ahead of print. |
開始ページ: |
【背景】
強迫性障害に対する外科的な治療のターゲットとして内包前脚が注目されてきた.内包前脚には,強迫性障害の成立に深く関係している前頭前野と視床背内側核を結合する白質線維が存在している(文献1,2).これまで強迫性障害に対する内包前脚切裁の方法としては,機械的破壊,レーザー焼灼,高周波焼灼,SRS(ガンマナイフなどの定位手術的照射),収束超音波が用いられてきた(文献3).本稿はSRSによる内包前脚切裁に関するメタアナリシスである.対象は2008年以降公表の11研究に含まれた180例.効果の評価にはエール・ブラウン強迫性障害スコア(Y-BOCS)とベック抑うつ自己評価質問表(BDI)を用いた.
【結論】
Y-BOCSは治療前の平均33.3から17.5に低下した(p <.001).Y-BOCSに基づいた治療効果の評価は,反応60%,部分反応10%,寛解18%,悪化4%であった.Y-BOCS改善程度は治療からの経過時間に相関した.ランダム効果モデルによる解析では,最終追跡時の平均BDIスコアは,治療前と比較して差はなかった.しかし,手術前後のBDI/BDI-IIスコアがそろっていた27例の対応のあるt検定では,手術後のBDI/BDI-IIスコアは有意に改善していた(23.9 vs 14.6,p <.001).有害事象は全体で235件で,気分の変化,うつや不安の悪化,無気力などが含まれていた.
【評価】
強迫症あるいは強迫性障害とは,きわめて強い不安感や不快感(強迫観念)をもち,それを打ち消すための行為(強迫行為)を繰り返すものとされる(文献4).強迫行為には「手を一日に何十回・何百回も洗う」「会社に行く途中に何度も自宅に戻って施錠の確認をする」「誰かに危害を加えたかもしれないという不安が心を離れず,新聞やテレビに事件・事故として出ていないか確認したり,警察や周囲の人に確認したりする」「物の配置に一定のこだわりがあり,必ずそうなっていないと不安になる」「不吉な数字・幸運な数字に,縁起をかつぐというレベルを超えてこだわる」などが知られている(文献5).強迫性障害の一般人口における生涯有病率は2.5%と稀ではなく(文献6),かつ患者の日常生活や社会生活を大きく阻害する重要な疾患である.このためWHOでは,強迫性障害を生活上の機能障害をひきおこす10大疾患の一つにあげている.
強迫性障害への非観血的治療としては,抗不安薬や抗うつ薬(SSRIなど)の投与,認知行動療法などの精神療法,経頭蓋磁気刺激などが行われているが(文献7),40-60%のケースでは十分な効果が得られない(文献8).非観血的な治療で十分な効果が得られない症例に対しては,内包前脚をターゲットとした種々の脳外科的治療(内包前脚切裁術や脳深部電気刺激[DBS])が行われている(文献3).強迫性障害に対する内包前脚切裁術の中で,SRSによる凝固巣作成はその低侵襲性の故に次第に普及しているが,その効果についての評価は必ずしも定まっていない.
本研究は11報告180例(平均追跡期間15.8±2.8[SD]年)のメタアナリシスである.その結果,エール・ブラウン強迫性障害スコア(Y-BOCS)は手術後に有意に低下(改善)し,同スコアは手術後の時間経過とともに低下した(R2 =0.29,p =.046).また,ベック抑うつ自己評価質問表(BDI)スコアは,手術前後でのペアのデータがそろっていた27症例の解析では有意に改善していた.
気になるのは,手術後の有害事象であるが,頭痛15.4%,体重変化(主として増加)14.1%,気分の変化9.4%,うつや不安の悪化8.1%,無気力8.1%が認められた.頭痛の多くは一過性で,うつや不安の悪化が認められた症例でも1/3が一過性であったという.
著者らはこの結果を受けて,SRSによる内包前脚切裁術は強迫性障害に対する有効な治療法であり,その効果は他の手法による切裁術と同様であるとまとめている.
ただし,本研究で解析対象とした11個の研究報告の中で,RCTは1個に過ぎなかったことには注意が必要である(文献9).また,強迫性障害を含む精神疾患に対する定位的脳神経外科的治療に当たっては,安全性と患者の主体性を最重視することが求められることは言うまでもない(文献10).
<コメント>
強迫症は視床と前頭葉(主に眼窩皮質)の間における双方向性の過剰な興奮性シグナルが病態に関与していると考えられており,その接続を低侵襲に切断することが定位的内包前脚切截術のコンセプトとなっている.スウェーデンのカロリンスカ研究所でSRSによる Anterior Capsulotomy(AC)の多くが1990年代に行われ,有効性が示されたことも後のDBSへの応用へと繋がる一因となった.カロリンスカ研究所での経験上,内包前脚腹側部を凝固切断することで好成績を収めることができたとされており,DBSでも同部位を刺激することで前頭葉-視床間のネットワークを遮断しようと試みられるようになった.DBSは従来の破壊術とは異なり,可逆性と調節性を有することから,欧米では2000年以降受け入れられてきた歴史がある.興味深いのは,強迫症に対するDBSを最初に報告したベルギーのNuttinらは,一部のDBS不応例では高周波熱凝固術を行うことで,強迫症を改善させたと報告していることである.現在のところ破壊術とDBSとを比較した臨床試験は存在せず,どちらの有効性が優れているかは示されていないものの,ネットワークの遮断という観点では破壊術の方が電気刺激よりも有効であると考える研究者も存在すると思われる.
さて,強迫症に対する破壊術の手法としては,SRSや高周波熱凝固術以外に近年では集束超音波(FUS)も報告されている.破壊術としての効果は一定かもしれないものの,これら三つの手法における脳細胞へ及ぼす影響の違いについて考えなくてはならない.本論文では「SRSは低侵襲な治療法」と結語で述べられているが果たしてそうだろうか.正常脳細胞を放射線で破壊するにはかなり大きな線量が必要であり,Table 1でもmax dose 140-180 Gyであることが示されている.合併症発生率は脳浮腫・放射線脳壊死6.0%,のう胞4.7%,ラクナ梗塞4.0%であることがTable 2に記されている.5年以上の長期データは限られているため不明であるが,長期的に見て大線量によるSRSが認知機能に及ぼす影響も無視できないのではないかと思われる.放射線を使用しない点においてFUSはより低侵襲であり,将来性があると言える.
本論文は強迫症治療の歴史を振り返る上では興味深いが,読後にSRSによるACはすでにold fashionの治療法ではないかという所感を抱いた.(福岡大学脳神経外科 森下登史)
執筆者:
有田和徳関連文献
- 1) Rauch SL. Neuroimaging and neurocircuitry models pertaining to the neurosurgical treatment of psychiatric disorders. Neurosurg Clin N Am. 14(2):213-223, vii-viii, 2003
- 2) Lai Y, et al. Effectiveness and safety of neuroablation for severe and treatment-resistant obsessivecompulsive disorder: a systematic review and meta-analysis. J Psychiatry Neurosci. 45(5):356-369, 2020
- 3) Pepper J, et al. Anterior capsulotomy for obsessive-compulsive disorder: a review of old and new literature. J Neurosurg. 133(5):1595-1604, 2019
- 4) 西 大輔 他.強迫症/強迫性障害.厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト.
- 5) 強迫性障害.こころの情報サイト.
- 6) Marazziti D, et al. Treatment strategies for obsessivecompulsive disorder. Expert Opin Pharmacother. 11(3): 331-343, 2010
- 7) Stein DJ, et al. Obsessive-compulsive disorder. Nat Rev Dis Primers. 5(1):52, 2019
- 8) Pallanti S, et al. Treatment-refractory obsessivecompulsive disorder: methodological issues, operational definitions and therapeutic lines. Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 30(3):400-412, 2006
- 9) Lopes AC, et al. Gamma ventral capsulotomy for obsessive-compulsive disorder: a randomized clinical trial. JAMA Psychiatry. 71(9):1066-1076, 2014
- 10) Nuttin B, et al. Consensus on guidelines for stereotactic neurosurgery for psychiatric disorders. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 85(9):1003-8, 2014
参考サマリー
- 1) 運動皮質電気刺激(CMS)は有痛性三叉神経ニューロパチーに効く:バルセロナ自由大学の19症例
- 2) ガンマナイフによる脳梁離断:エクス・マルセイユ大学における19例
- 3) 慢性難治性の神経因性疼痛に対する視床外側中心核の収束超音波破壊術(MRgFUS):55例の長期追跡結果
- 4) 発作反応型電気刺激(RNS)は小児や若年者の難治性てんかんにも有用:米国5施設35例の解析
- 5) トゥレット症候群に対する最適な視床刺激部位はどこか
- 6) パーキンソン病に対する集束超音波による視床下核破壊術に関するシャム手術対照ランダム化試験
- 7) 神経因性疼痛に対するガンマナイフによる外側中心核(CLp)病変作成
- 8) 痛みに対する最近の脳深部刺激:システマティックレビュー
- 9) 局所性上肢ジストニア(書痙,音楽家ジストニア)に対する視床腹吻側核破壊手術の効果:東京女子医科大学における171例の経験
- 10) 本態性振戦に対する集束超音波視床破壊術は2年後も効果を持続