典型的三叉神経痛にもかかわらず神経血管圧迫が認められない症例では患側三叉神経周囲の髄液の乱流が生じている

公開日:

2026年5月6日  

最終更新日:

2026年5月5日

Potential Role of Turbulent Cerebrospinal Fluid Flow in Type 1 Trigeminal Neuralgia Without Neurovascular Compression: Insights From a Cerebrospinal Fluid Dynamics Study

Author:

Yoshida S  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Saitama Medical Center, Saitama Medical University, Saitama, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:41949325]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2026 Apr
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

突発性の激しい電撃様顔面痛を特徴とするタイプ1三叉神経痛でありながら,MRI等の術前画像検査で圧迫血管が見つからない症例は10-30%存在する(文献1-4).この中には,開頭して三叉神経を観察すると小さな圧迫血管が認められる偽陰性症例もあるが,全く圧迫血管が認められない症例も稀ではない(文献4).そのようなケースでは,三叉神経周囲のくも膜の肥厚やくも膜による神経の屈曲が原因の場合があるが(文献5),術前のMRIなどの画像診断による予測は困難である.
埼玉医科大学脳外科のチームは,三叉神経周囲のくも膜の肥厚と,phase-contrast MRIで求めた三叉神経根周囲の髄液流動態との関係を検討した.

【結論】

対象は,術前MRIで圧迫血管が認められず,三叉神経周囲のくも膜剥離術を施行した14例と,術前MRIで圧迫血管があり,標準的な微小血管減圧術を施行した25例.
術後疼痛緩和率は圧迫血管陰性群と圧迫血管陽性群で同等であった(BNIスコアI/II:78.6 vs 80.0%).圧迫血管陰性群では,患側の三叉神経周囲の平均髄液流速度,最大流速,およびピーク間差が健側と比較して有意に高値であった(いずれもp<.01).一方,圧迫血管陽性群ではこのような髄液流動態の左右差は認めなかった.術後MRIを施行した11例(圧迫血管陰性6例,圧迫血管陽性5例)では,髄液流動態の左右差は認められなかった.

【評価】

本稿の著者らの仮説は,タイプ1三叉神経痛でありながら術前画像診断で神経血管圧迫がなく,やむなく実施した手術において三叉神経周囲のくも膜肥厚が観察されるような症例では,三叉神経周囲で髄液の乱流が生じ,髄液流動態が変化しているというものであった.実際に,髄液流動態をMRIを用いて解析したところ,術前画像診断で神経血管圧迫がない症例では,患側の平均髄液流速度,最大流速,およびピーク間差が亢進していることが証明されている.また著者らは,これらの髄液流ダイナミクスの変化(乱流)が三叉神経根を刺激し,疼痛発生につながっている可能性を考慮している.
タイプ1三叉神経痛でありながら,MRIで圧迫血管が認められないケースで,三叉神経周囲の髄液流動態解析で患側の乱流増大が確認された場合,これまでのように長期,複数の薬物療法のあげくに手術するのではなく,今後は診断後早期の段階から,三叉神経周囲のくも膜剥離手術を選択する治療戦略が登場するかも知れない.
本研究の結果が,多施設・大規模前向き研究によって検証されることを強く望みたい.

<著者コメント>
本研究の新規性は,三叉神経痛の病態を「神経血管圧迫」という静的な構造異常で説明する従来の理解に対し,三叉神経周囲の髄液動態という動的な微小環境に着目した点である.本研究では,術前MRIで明らかな神経血管圧迫を認めないが発作的な電撃痛を呈するType 1三叉神経痛において,平均流速,最大流速,peak-to-peak differenceが患側で健側より有意に高かった.そしてこの左右差は神経血管圧迫群ではみられなかった.さらに,三叉神経周囲のくも膜切開術後にはこの非対称性が消失し,疼痛改善率は通常のMVDと同等であった.術前画像,術中所見,術後の生理学的変化,そして臨床転帰が整合性の高い形で連関している.本疾患に深く関与する外科医であれば,三叉神経痛は明らかな動脈圧迫がなくても発生し,また再発しうることを経験的に知っている.現状ではこうした症例に対し外科的治療の根拠は確立していないが,本研究はphase-contrast MRIによる髄液の乱流評価が有用な診断法となる可能性を示している.
一方で,限界も明確である.前向き研究だが単施設・少数例の観察研究であり,特に術後MRIを取得できた症例数は限られているため,結果の一般化には慎重さが必要である.また,疼痛改善が本当に髄液乱流の是正によるものか,それとも剥離操作に伴う微小損傷などによるものかは,断定できない.加えて,髄液動態異常が症状の原因なのか,あるいは画像化が困難なくも膜の癒着などによる微細構造変化に伴う二次的現象なのかも未解決である.すなわち,因果関係はまだ証明されておらず,長期再発との関連も十分には評価できていない.
しかしながら,同様に髄液動態異常によって生じるとされる脊髄癒着性くも膜炎やキアリ奇形などの疾患も存在する.血管非圧迫型の三叉神経痛がこれらの疾患と同様の機序で発生しうるとすれば新規の知見である.今後は,多施設・大規模前向き研究による再現性の検証に加え,phase-contrast MRIの標準化,カットオフ値の設定,さらには再発例の評価などを予定している.もし患側の髄液乱流増大が,血管非圧迫型のType 1三叉神経痛に特異的な術前バイオマーカーとして確立されれば,漫然と薬物治療を長期継続したり,感覚障害や再発の問題を含むablative procedureへ進んだりする前に,疼痛発生機序に応じた外科適応の判断が可能になるだろう.(群馬大学脳神経外科学 大宅宗一)

執筆者: 

有田和徳